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週刊エコノミスト Online ロングインタビュー情熱人

サラリーマン・コレクターとしての楽しみ アートソムリエ、山本冬彦さん

「新しい作家を発掘する展覧会の企画を考えていると、毎日が楽しいですよ」 撮影=蘆田剛
「新しい作家を発掘する展覧会の企画を考えていると、毎日が楽しいですよ」 撮影=蘆田剛

誰でも身近にアートを 

山本冬彦 アートソムリエ/38 

「サラリーマン・コレクター」として1000点以上の絵画を所有する山本冬彦さん。絵画収集には「お金持ちの道楽」「値上がり目的の投機」のイメージが付きまとうが、「それは別世界の話」という。

(聞き手=大宮知信・ジャーナリスト)>>>ロングインタビュー「情熱人」はこちら

「お金持ちが絵を買うのは投資。絵が好きで集める人間とは関係ない。若手の作品なら誰でも十分に買えます」

── 最近、美術マーケットが活況を呈しています。特に現代アートの人気が高く、作品の価格も高騰して“アートバブル”ともいわれています。この現象をどのように見ていますか。

山本 テレビなどでもちょこちょこ現代アートの話題を取り上げるようになってきました。いいことではあるんですが、そろそろバブルがはじけるのではないかと僕は思っています。普段絵に興味がないような人が、大きな現代アートを高額で買ったりしている。投資の対象としてアートがもうかりそうだと騒がれるようになったら、バブルははじけます。

── 一方で、現代アート以外の作品を扱う画商は「全然絵が売れない」と嘆いています。

山本 日本の権威の作家を相手にしていたデパートとか大手画商は、もう大不況です。絵なんてどこで売れてるのと。有名美大を出て、有名な団体展に入って偉くなる。日本の美術界はそういう作家で成り立ち、絵も売れていた。ところが、そこにお客さんが誰も行かなくなっちゃったから、既存の画商が不況だと言っているわけです。だけど、現代アートのバブルもはじけたら同じようになる。その後は本当にいいものだけが残ります。

── 山本さんは長く「サラリーマン・コレクター」として数多くの絵画を収集していますが、コレクションは現代アートが多いんですか。

山本 そういうわけではありません。現代に生きている作家は日本画だろうが油絵だろうが現代アーティストであり、みんな現代アートだと思っています。お金持ちが絵を買うのは資産のためであり、将来値上がりが期待できるものを狙っている。つまり投資です。だから金額のケタが全然違うんです。僕は、それは「機関投資家の世界」だと言っている。彼らは何を買ったらもうかるかということに関心があるんです。

 一方、僕が「サラリーマン・コレクター」とあえて名乗っているのは、そういう投資家は私たちとは別世界の人たちだということです。金持ちは評価の定まったものしか買いません。僕らみたいに絵が好きで集めている人間とは関係ない。本当のコレクターは評価が定まっていないものを買うんです。逆に、機関投資家は今みたいにアートバブルになると手を引いてしまいます。

 大きさもジャンルもさまざまな、1000点以上の絵画コレクションを所有する山本さん。アート作品の購入というと、一般には絵の見方や価値も分からず敷居が高く感じられるが、山本さんは長く給料から自分が気に入った作品をこつこつと買い集めたにすぎない。それも、美術の知識がほぼゼロの状態からだ。最初に絵を購入したのは、自宅マンションの壁が白かったことがきっかけだった。

1年月賦で買った日本画

── コレクションを始めた理由は何だったんですか。

山本 大学を卒業後、入社した三菱レイヨン(現三菱ケミカル)の社宅に住んでいたんですが、転職したので出なきゃいけなくなって、29歳の時に千葉県市川市にマンションを買いました。マンションって壁が白いじゃないですか。ここに何か絵を1点掛けたいなと思ったのがきっかけです。絵は好きだったけれど、たまに美術館に行く程度。どこで買えるかも分からず、コレクションをする気はまったくありませんでした。

── 最初の絵はどこで何を買ったのですか。

山本 はじめは複製でもいいやと思ったんですが、複製でもいい作品は何万円もする。そこで、無名でもいいから本物を買おうと思い、当時銀座2丁目(東京都中央区)にあった「東京セントラル美術館」(現セントラルミュージアム銀座)へ行きました。ここは美術館という名前が付いた画廊で、インドの少女が頭に花かごを載せている日本画があったので、その前に立ってじっと見ていたんです。

 すると、後ろに視線を感じて、振り向くと店員が「どうですか」と。どうやって逃げようかと思いながら、「これはいくらですか」と聞くと、当時の僕の月給ぐらいでした。やっぱり無理だと思っていたら、当時の美術界はオイルショック後の大不況で、「月賦でいいですよ」と言う。1年月賦で買ったのが、石踊紘一の「花を売る娘」です。家の壁に掛けると存在感がすごく、仕事から帰って絵を見るとほっとしましたね。

画廊ならではの楽しみ方

── そこから画廊巡りを始めたのですか。

山本 そうですね。銀座や京橋かいわいに画廊がたくさんあることを知り、それから土曜日、半休で仕事が終わると、画廊巡りをするのが習慣になりました。土曜の午後は雨が降っても雪が降ってもギャラリーを見て歩き、気に入った作品があれば購入します。普通のサラリーマンが絵を買うなんてまったく考えられない時代で、周りにも絵を買って持っている人はほとんどいませんでしたね。

── 確かに、現在でも絵のコレクションにはお金持ちの道楽というイメージがあります。

山本 僕もよく、「サラリーマンでよくこんなに絵が買えますね」「山本さんは金持ちの家なんですか」と言われたりしましたが、そんなことはありません。普通のサラリーマンでした。僕はお酒が飲めないし、賭け事も嫌い。車の趣味もない。そういうお金をアートコレクションに集中すれば、誰だって絵ぐらい買えますよ。何点集めようという思いは全然なく、趣味で週末に画廊を回っていいものがあれば買うという感じでね。

「自分が“本当”に好きな作品を選べばいいんです」

── 先入観なく、自分がいいと思ったものを買えばいいということですか。

山本 そういうことです。有名な作品を自分が好きなものと錯覚している人は少なくありませんが、本当に自分にとっていいもの、好きなものを見つけるんです。そうすると、意外なものが好きだったりすることがあります。ある種、自分探しみたいなところがあるんですよ。コレクションを見ると、その人の生きざまが分かります。作家の出身大学とか受賞歴とかの情報を知ってしまうと、自分の目でものを見ることができません。

── コレクターになる秘訣(ひけつ)は?

山本 美術館に行ったとして、有名な作品を見るのではなく、展示してある絵を1点、持って帰っていいよと言われたら、どれを選ぶかという目で見てください。有名な作品もいいけれど、そうではない作品がいいかもしれない。それがあなたの好きな絵で、そういう作品を集めればいい。それに慣れてくれば、画廊でも同じことをすればいいわけです。

── 美術館には行っても、画廊に行く人は多くはありません。

山本 美術館は評価の定まった絵を見る知識と教養の世界ですが、画廊は気に入った作品があれば、自分のものにできるんです。買えそうなものがあれば買えばよく、美術館とは違う楽しみ方があります。若手の作品ならだいたい10万円以下と、サラリーマンでも十分買える金額ですが、作家はみんな貧しい生活をしながら絵を描いています。そうした作家の支えになればと、僕は常に同世代の作家の作品をコレクションしてきました。

 古色蒼然(そうぜん)としたレトロな外観が印象的な、昭和初期に建てられた銀座1丁目の「奥野ビル」。ここに山本さんは1998年、一室を借りて書斎兼コレクションルームとした。名付けて「銀座の隠れ家」。2012年に放送学園大学理事を退任して約40年間のサラリーマン生活を終えた後、ここを拠点に画廊巡りのツアーを企画するなど、「アートソムリエ」として活動する。ワインを勧めるソムリエのように、売り手と買い手をつなぐ橋渡し役だ。

「銀座の隠れ家」の壁に飾られている山本冬彦さんのコレクション 撮影=蘆田剛
「銀座の隠れ家」の壁に飾られている山本冬彦さんのコレクション 撮影=蘆田剛

オンライン・ギャラリー開設

── 奥野ビルには今、20軒ほどのギャラリーやアンティークショップが入り、人気ですね。

山本 僕が入ったころはギャラリーは1軒だけで、あとはおばあちゃんが住んでいたり、個人事務所として使われたりしていました。当時は自宅の書斎がコレクションでいっぱいになってしまい、絵を飾って週末に過ごせる部屋を探していたんです。このビルにあった画廊に通っているうちに、「隣が空いたよ」と教えてもらいました。家賃は月7万円ぐらいだったかな。

 どうせなら僕みたいに、コレクションを楽しむ人や画廊が入るビルにしたいなと思い、管理人から部屋が空きそうだという情報が入ると、知り合いの画廊を始めたい人に連絡したりして引っ張り込みました。家でもない会社でもない第三のスペースとして居心地がいいので、ここで絵のコレクションを楽しもうと契約更新を繰り返し、サラリーマン生活を終えてからは毎日通っています。

── 自ら企画して若手作家を発掘する展覧会も開催しています。

山本 東京・銀座の百貨店「銀座三越」が12年、リニューアルする時に、「若手作家の展覧会を企画してくれませんか」と頼まれたのが最初です。そこで「山本冬彦が選ぶ 珠玉の女性アーティスト展」を開きました。若い作家にとってデパートでの展覧会などありえないことだったので、作家がずいぶん喜んでくれました。今では年に10回ほど、僕が作品を見つくろった企画展を画廊などで開催し、若手を毎回10人ほど紹介しています。展覧会の企画を考えていると毎日が楽しいですよ。

── 膨大なコレクションは今後、どう活用していきますか。

山本 一番の問題は、たまった絵をどうするかということ。みんなは将来の値上がりに興味があるけれど、僕にとってはどうでもいい。考えてもみてください。今の若手が20年後、30年後に有名になったって、僕は生きていないですよ(笑)。一部は美術館に寄贈もしていますが、コレクションがどうなったかが分かるようにしておきたい。そこで、昨年から全コレクションのリストを作り始めました。

 今はスマートフォンで写真を撮れば、画像付きのリストが簡単にできます。自分が生きて集めてきたものを記録して残しておきたいんです。今年6月にはそうしたコレクションをネットで見られるようにした私設のネット美術館「山本冬彦オンライン・ギャラリー」を開設しました。これからもできる範囲で若手の作家の発表の場を作ったり、作品を買ったりすることを続けていきたいと思っています。


 ●プロフィール●

山本冬彦(やまもと・ふゆひこ)

 本名・山本勝彦。1948年石川県小松市生まれ。東京大学法学部を卒業後、71年に三菱レイヨン(現三菱ケミカル)に就職。大東京火災海上保険(現あいおいニッセイ同和損害保険)などを経て、2008年に放送大学学園理事となり、12年に退任して約40年のサラリーマン生活から離れた。その間、毎週末趣味で画廊巡りをし、給与所得で集めたコレクションは1000点を超える。若手作家の発表の場として数々の企画展を実施し、アート普及のため講演活動などを展開。著書に『週末はギャラリーめぐり』(ちくま新書)。

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