週刊エコノミスト Onlineロングインタビュー情熱人

最新作「PLAN 75」がカンヌで特別表彰 映画監督、早川千絵さん

「カンヌ国際映画祭への出品は、周りのスタッフが喜んでくれたことがうれしかったですね。」 撮影=蘆田剛
「カンヌ国際映画祭への出品は、周りのスタッフが喜んでくれたことがうれしかったですね。」 撮影=蘆田剛

「楽に死ねる方法を差し出す社会と、一緒に生きましょうという社会――。私は後者を望みます」

早川千絵 映画監督/34

 5月のカンヌ国際映画祭で特別表彰を受けた映画「PLAN 75」が、6月17日に封切られる。脚本・監督は、これが初の長編作品となる早川千絵さん。製作のきっかけは、2016年に起きたあの事件だった。

(聞き手=りんたいこ・ライター)

── 映画「PLAN 75」は、少子高齢化がさらに進んだ近未来の日本を舞台に、満75歳以上の高齢者が自らの死を選択できる制度「プラン75」が施行され、それに翻弄(ほんろう)される人々を描いた群像劇です。製作のきっかけは、2016年に相模原市で起きた障害者施設殺傷事件だそうですね。

早川 あの事件が起きた時は、本当に衝撃を受けました。でも私には、起きるべくして起きた事件と感じました。私が08年に米国から帰国した当時、「自己責任」という言葉が頻繁に使われ、生活保護受給者へのバッシングなどもあり、日本社会の不寛容さが加速していると感じたのです。それ以降も社会的に弱い立場の人への風当たりは強くなる一方で、そんな時に起きたのがあの事件でした。(情熱人)

 人の命を生産性で語り、それ(犯行)を容認するような発言すらもネット上で飛び交ったりすることに対し、憤りが湧き上がってきました。そしてその時、人々の不寛容がこのまま加速していけば「プラン75」のような制度が生まれうるのではないかと思いました。その危機感に突き動かされ、映画を作ろうと決めたのが17年の初めです。

── 映画は「増えすぎた老人がこの国の財政を圧迫している」という若者が高齢者施設を襲うシーンから始まります。設定が違うとはいえ、映画を作る上で、事件の被害者などへの配慮はかなり必要だったのでは?

早川 そこはすごく悩みました。特に冒頭のシーンは入れないほうがよいのではないか、入れることによって、事件の関係者や、それに影響を受けた方々の心を乱してしまうのではないかとぎりぎりまで迷いました。でも、あのシーンは、「プラン75」という制度の根底にある思想が、あの事件の暴力性に相通じているということを示すために必要だと考えました。あえて入れることを決めましたが、極力、生々しい映像にならないように表現しました。

映画「PLAN 75」より (C)「PLAN 75」製作委員会
映画「PLAN 75」より (C)「PLAN 75」製作委員会

「人に迷惑をかけたくない」

 映画「PLAN 75」の中心人物は、夫に先立たれて子どももいない78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子さん)。高齢を理由に職場を解雇され、住む家も失いかける。そのころの日本では、超高齢化社会の解決策として、「プラン75」が施行されていた。追い詰められて「プラン75」の申請を考えるミチと、その制度に関わる公務員の岡部ヒロム(磯村勇斗さん)らの心の動きを追う。

 今回の映画の構想は、是枝裕和監督が総合監修を務めた日本の10年後を描くオムニバス映画「十年 Ten Years Japan」(18年)の一編「PLAN 75」としてすでに形になっている。この短編では“死のプラン”の勧誘に当たる公務員が主人公だが、本作ではキャストを一新して脚本も練り直した。

── 短編を見た高齢者の反応は、賛否まちまちだったそうですね。

早川 今回、長編を作るに当たり、新たに60~70代の、特に女性にたくさん会って話を聞きましたが、ほとんどの人が、こういう制度があったほうがいいと話していました。ただそれは、「経済的な合理性を優先させる」という考え方からではなく、「人に迷惑をかけたくない」という理由からでした。

── その気持ちは理解できる一方で、そんな社会でいいのかという思いもあります。

早川 例えば、困っている人がいて、その人が「死にたいです」と言った時、楽に死ねる方法を差し出す社会と、「みんなで助けますから一緒に生きましょう」という社会、どちらを選ぶかと聞かれたら、私は後者を望みます。理想論に聞こえるかもしれませんが、こういう世の中だからこそ後者を目指すべきだと思うのです。

 ただ、そういう自分の中の確固たる意思を映画の前面に打ち出して説教くさくなると届かない人もいると考え、あえてそこはストレートには表現せず、見た人それぞれが自分に置き換えて考えられる余白を残したいと思いながら作りました。

── 映画にはフィリピンから単身来日し、介護の仕事をするマリア(ステファニー・アリアンさん)という女性も登場します。

早川 あのキャラクターを入れたのは、フィリピンという国が、家族の結束やコミュニティーのつながりがとても強く、それこそが今、日本が失っているものではないかと思うからです。フィリピン人の友人を見ていても、すごく明るくて、困っている人がいたら赤の他人でもすぐ助ける。迷惑をかけたくないからと人に助けてもらうことをちゅうちょしてしまう日本とは正反対ですよね。

── マリアは大変な仕事でも前向きにこなしています。

早川 実は私自身、最初は、彼女たちが日本で不当な扱いを受けながら苦労して働いているというステレオタイプなイメージがあり、脚本にもそういう描写を入れていました。ですが今回、介護士として日本で働くフィリピン人の女性に何人か取材し、たまたまなのかもしれませんが、「言葉の問題などで大変だけど、日本のお年寄りにありがとうと言ってもらえるのがとてもうれしい」「おむつの交換など大変なことも、自分がやっているという自負があって苦にならない」と話すのを聞き、ステレオタイプな描写を一切なくしました。

── 本作は、日本、フランス、フィリピン、カタールの4カ国からなる合作映画です。早川さんにとっては初の長編映画となりますが、資金集めの苦労は?

早川 最初に名乗りを上げてくれたのはフランスの会社で、その次にフィリピンの会社が決まりました。一方、日本では、新人監督の、原作もないオリジナルのストーリーで、かつ安楽死を扱った映画と思われたようで、なかなか手を挙げてくれる会社がありませんでした。今振り返れば、そのおかげで脚本を直す時間ができてよかったのですが、日本の会社がなかなか見つからないのはちょっと悲しかったですね。

── その作品が、5月に開催された第75回カンヌ国際映画祭で、斬新な映画を集めた「ある視点」部門に正式出品されました。

早川 私が最初に作った短編映画「ナイアガラ」(14年)を選んでくれた映画祭がカンヌでした(シネフォンダシオン〈学生映画〉部門に入選)。映画の扉を開いてくれた映画祭なので、そこに戻れるのはすごくうれしいです。ただ、出品の連絡を受けたのは、パリで最終的な仕上げをやっている時でした。すごくいい作品を作っているという境地に達していたので、周りのスタッフが喜んでくれたことがうれしかったですね。

 米国の美術大学を卒業した早川さんは、帰国後は会社勤めをしながら独学で映像作品を撮り続けた。その後、夜間の映画監督養成スクールに通い、その卒業製作作品が「ナイアガラ」だった。そして、第75回カンヌ国際映画祭では、「ある視点」部門で新人監督賞(カメラドール)の次点に当たる特別表彰に輝く。授賞式で早川さんは、「今を生きる私たちに必要な映画だと言ってくれた方がいました。その言葉が深く心に残っています」と語った。

レッドカーペットに立つ早川千絵さん(中央)と、出演者の磯村勇斗さん(左)、ステファニー・アリアンさん(右) (C)若山和子
レッドカーペットに立つ早川千絵さん(中央)と、出演者の磯村勇斗さん(左)、ステファニー・アリアンさん(右) (C)若山和子

「人間の心」の表現を探求

── 今回、初めて長編映画を撮り、日本の映画界に対して感じたことはありますか。

早川 語れるほどの経験はまだありませんが、海外の現状も見て感じているのは、企画が通りにくいこととは別に、労働環境の悪さがかなり大きな問題になっていると思います。業界で働こうと思う人がどんどん少なくなっていて、今回の映画でも美術部や演出部の助手を見つけるのが大変だったと聞きます。日本の映画業界で働く現場スタッフはとても疲弊していて、経済的な保障もない。そういう業界はどんどん衰退していくだろうなと思いました。

── 仕上げ作業を行ったフランスはどうなのですか。

早川 フランスは労働時間が1日8時間と決まっていて、余裕のあるスケジュールを組んでいます。誰かがオーバーワークになっていれば、周囲の人たちがその人をフォローする。また、舞台芸術や映画業界のフリーランスが年間、一定の労働時間以上働けば、失業手当を受給できる仕組みもあります。やはり心と体の安全がきちんと保障されていないと、クリエーティビティー(独創性)は発揮できないと思います。

── 今後、日本で映画を撮るのをためらってしまいそうですね。

早川 そうですね。でも、自分から変わっていかないといけないと思います。今回も「本当はこの撮休(撮影期間内の休日)に撮れたら楽なんだけどな」と思うことはありましたが、(日本側の)プロデューサーがとても意識の高い人で、「10日間ぶっ通しで撮影するようなことは絶対ダメです」とクギを刺されました。上に立つ人間が意識を変えないことには、現場も変わっていきません。

── 最近の日本の映画界では、セクハラ、パワハラも問題になっています。

早川 やはり、スタッフだけではなく、俳優の人たちにとっても、ちゃんと人権が守られるような仕組みが必要だと思います。賃金や労働時間の不当な扱いを受けた時と同様に、セクハラ、パワハラを受けた人がきちんと訴えられる機関があるべきで、少しずつ変えようと組織を作っている人がいるのは本当にありがたい。私自身も、そうした問題を解決できる仕組みを作ることをきちんと考えなければ、と思っています。

── 今後の抱負を。

早川 できるだけ多くの映画を、自分自身が、心を揺さぶられる瞬間のある映画を撮っていきたい。そして、人間の心を映画でどう表現するかを探求していきたいです。


 ●プロフィール●

早川千絵(はやかわ・ちえ)

 東京都生まれ。2001年、米ニューヨークの美術大学「スクール・オブ・ビジュアル・アーツ」写真学部を卒業。監督した短編作品「ナイアガラ」が14年、カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門入選。是枝裕和監督が総合監修したオムニバス映画「十年 Ten Years Japan」(18年)の一編「PLAN 75」の監督・脚本を手掛ける。長編初監督作の「PLAN 75」が22年5月の第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でカメラドール(新人監督賞)特別表彰。

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