週刊エコノミスト Onlineロングインタビュー情熱人

英国人が日本人に着物文化を発信する不思議 着物研究家、シーラ・クリフさん

出かけるときは必ず着物を着る。「子どもたちも巣立ったので、全国の産地を巡りたい。」 撮影=佐々木 龍
出かけるときは必ず着物を着る。「子どもたちも巣立ったので、全国の産地を巡りたい。」 撮影=佐々木 龍

インフルエンサーとして活躍

シーラ・クリフ 着物研究家/35

 着物インフルエンサーとして、ユニークなスタイリングを発信するシーラ・クリフさん。原動力となっているのは、40年前の“一目ぼれ”以来、抱き続ける着物への深い愛と、「織りと染めの文化を絶やしてほしくない」という思いだ。

(聞き手=市川明代・編集部)(情熱人)

「日本人にもっと自由に着物を楽しんでほしい」

── 着物のインフルエンサーとして、インスタグラムで着こなしを紹介しています。

シーラ 2年半ほど前、娘に言われて始めました。私のインスタは着物のギャラリー。週1回ぐらいの「レイジーインスタグラマー」だけど(笑)。

── シーラさんにとっての「着物の魅力」とは。

シーラ 洋服は、作る時に布を裁断して形を整えます。9号、11号……と既製のサイズがありますが、そのサイズにぴったりの体つきの人はいない。着物は、着るときに一人一人の体に合わせて形を整えていきます。今日私が着ているのも、実は子ども用の着物。幅が狭くて袖も短いけれど、体に合わせて着ることができる。そこがとても面白い。

── インスタでは、着物にモダンな帽子や派手なメガネ、パンプスを合わせています。

シーラ 洋服は上衣と下衣、ワンピースならそれ1枚でスタイルが決まります。でも着物は足し算の文化です。着物に帯、帯締め、帯揚げ、半襟、重ね襟……と、いろんなものを足していくことで、初めてスタイルができ上がる。そこに帽子やメガネ、アクセサリーを加えてもいい。1枚の着物でいろんな表現ができます。おしゃれ好きにとっては、面白くて仕方ないんです。

── SNS(交流サイト)での発信は、外国人向けですか。

シーラ 最初は外国人向けに発信しようと思って始めました。外国人が着物について発信したものを、わざわざ日本人が見るとは思っていなかったから。でも、私のメッセージを受け取っているのは、実は日本人が多いと気付いて、最近は講演でも、日本語でスピーチすることが増えました。

 双子の妹と、おそろいの服を着せられたことへの反発から、個性的なファッションに目覚めた。インドの民族衣装、羊革のアフガンコートにベルボトムのズボン……など、当時流行したヒッピーの影響を受けた。とはいえ、ファッション業界に進むことを考えたわけでもなく、「将来のことを何も決められないまま、なんとなく日本に来て、着物に出会ってしまった」という。

一目で魅せられた

初めて買ったのは絹の高価な着物だった 本人提供
初めて買ったのは絹の高価な着物だった 本人提供

── 着物との出会いは。

シーラ ロンドン大学卒業後、別の大学で学んでいた時に、友人の紹介で来日しました。ほんの短期間のつもりでした。ある日、骨董(こっとう)市へ行って、展示されている着物を見て衝撃を受けました。色が鮮やかで深みがあって、面白い模様が入っていて。しなやかで、光沢があって。一目で魅せられて、そこから着物の店に通うようになりました。そしてついに、デパートで高価な新品の着物を買ってしまったの。着物に帯、帯締め……と足していったら、値札に表示されている値段にどんどん積み上がっていって、「ああどうしよう」と。しばらくは節約生活でした(笑)。

── それで日本に残ることになった。

シーラ 買ったはいいものの、知識がないから着こなせないわけです。日本に来た1980年代当時はインターネットもないし、情報が限られていました。着付け教室の存在を知って学び始めたものの、初心者クラスを終了しただけではウールの普段着しか着られなくて、絹の着物を着るには次のクラスに進まなきゃいけなかった。結局、昼は英語講師、夜はテンプル大学日本校で勉強しながら、着付けの免許を取るまで2年間通いました。

大正の着物は面白い

── 当時、周囲に着物を着ている日本人はいましたか。

シーラ あまりいませんでした。日本人には「着物は難しい」という思い込みがあるのだと思います。それには理由があります。

 60~70年代、日本では着物の着付け学院がいくつも開校しました。着物を買ってもらうのが目的だったのだと思いますが、そのことで、教室でしっかり基礎を学ばないと着物を着る資格はない、というイメージが定着し、着物のハードルが高くなってしまいました。教えやすくするために指導のための組織を作り、マニュアルを作ったことで、堅苦しいものになってしまったのです。着物は本来、自由なものです。洋服にも「結婚式にはGパンをはいていってはいけない」というようなコモンセンスがあって、それは着物も同じで、最低限のマナーを押さえさえすれば、あとは自由に着こなせばよいのです。

インスタグラムでは自由な着こなしを披露している 本人提供
インスタグラムでは自由な着こなしを披露している 本人提供

── 今のような自由で大胆な着こなしをし始めたのは、いつからですか。

シーラ 洋服と同じで、着物の趣味も年を取るにつれて変化します。2018年に最初の本を出した時には、季節に応じた装いを考えるのが楽しかった。本の中でも、春夏秋冬に合わせたコーディネートを紹介しています。

 いつからか50年代のスタイル、戦後の着物スタイルに興味を持つようになりました。当時、日本はまだ貧しく、着物を何枚も持てない時代だったから、季節や場所を問わず一年中いつでも着られる着物が流行していました。植物や景色ではなく、四角や三角などの幾何学模様が大きく描かれたものが好まれました。そうやって戦後の古着を着るようになって、もっと古い時代、着物が一番面白くて派手だった大正時代へと関心が移りました。私のスタイルは奇抜でも何でもなくて、大正時代に流行したスタイルなんです。

── 大正時代の着物はそんなに派手だったのですか。

シーラ 明治時代に海外から化学染料が入ってきましたが、明治の着物はまだ江戸の影響が残っていて地味でした。それが大正に入って花開き、たくさんの色が使われるようになりました。デザインもとても斬新。景気が上向き、お金持ちが増えてきた時代ですね。

 兵庫県の有馬温泉のPR動画「有馬に恋さん」で、着物のスタイリングを担当した。谷崎潤一郎の『細雪』の四女・妙子こと「こいさん」が有馬の温泉街にやってくるという設定。物語の舞台である大正から昭和初期は、かすりを使った「銘仙」と呼ばれるカジュアルな着物が流行したが、「裕福な家庭であればタンスに友禅染の着物がたくさん入っていたはず」と、イメージに合わせて私物を提供したという。

── 着物を通じて、日本の歴史や地理が見えてきますね。

シーラ 例えば、東京・新宿は染めの中心の場所でした。江戸時代当初は染めの人たちは東京の東、上野などに集中していましたが、人口が増えて神田川が汚れ、染めに必要な奇麗な水を求めて上流に移っていったのです。高田馬場や早稲田、落合には、いまも30~40の染め工房が残っています。東北でも、山形なら紅花染め、岩手あたりの南部地域なら紫紺染めが有名です。新潟県十日町の十日町紬(つむぎ)、沖縄には島ごとに伝統的な織物があります。

「着物づくりの後継者が減っている。織りと染めの文化をなくしてほしくないから、若い職人たちのチャレンジを応援したい」

── 着物といえば、作り手の後継者の問題もあります。

シーラ 昨年、丹後ちりめんの大使を務めました。丹後は、染めに欠かせない白生地の60~70%を作っています。丹後がなかったら今の着物文化はないといっても過言ではないほど大切な地域ですが、後継者がどんどん減ってきています。でも、その中で、新しい織り模様を考え出したり、新しい素材を使って織ったりする若手が出てきています。私は、そういう人たちを応援する立場です。

── 日本人がやるべきことを、担ってくださっています。外国人ということで、気を使うことはありますか?

シーラ テレビ番組に出た時に、「国に帰れ」というようなことをインスタに書かれました。でも、テレビに出たことで、フォロワーが1万人増えました。ある新聞に出た時には、「この髪の色では、着物は似合わない」と言う人もいましたが、「私たちが着こなせてこれなかったものを着て、情報発信してくれてありがとう」という声がほとんどでした。

 ネガティブな意見は気にしない。ただ、文化に敬意を払い、理解したうえで着るということだけは、忘れないようにしています。

「ストーリー」を買う

── いまようやく、オシャレな若い人たちの中に、ほんの少しですが、着物を着る人が出てきているようにも感じます。

シーラ 新型コロナウイルスの前は外国人が着物の着付け体験をしていましたが、いまは日本の観光地で日本の若い人たちが着物を着て、日本人遊びをやっている(笑)。とても面白い現象です。インターネット、YouTube、SNSの広がりで、少しずつ、忘れ去られていたものの揺り戻しがきているように思います。

── 一方で、日本の若い人たちの服装は没個性になっているとも言われます。

シーラ 世界的に没個性になっていますが、日本は特に顕著。ファッションで表現する喜びを知らないように思います。大きな要因は、ファストファッションですよね。まるで制服のよう。みんな無地の世界で育っているから、着物も無地を好みます。もっと色柄を楽しんでいいのです。シックな着物はシックで良いけれど、みんな同じじゃつまらない。黒い着物でも、その上に面白い帯をすれば、ぐっとオシャレになります。

── シーラさん自身は、これから先、どんな着物を着たいですか。

シーラ 着物はほとんどフリーマーケットやリサイクルショップで購入してきましたが、男性ものなどあまり着る機会のないものを含めると、150~200枚ほどになりました。増えすぎて保管場所がありません。

 静岡に住んでいる友人は、自分で蚕を育て、繭から取った糸を染めて、着物を作っています。とても高価な着物ですが、その人の仕事が好きだから、買って応援したい。これからは、着物そのものより「ストーリー」を買いたいと考えています。


 ●プロフィール●

Sheila Cliffe

 1961年、英ブリストル出身。ロンドン大学卒業。85年に来日し、着物に魅せられる。テンプル大学日本校で英語教育の資格を取得し、中学校や高校、十文字学園女子大で英語の講師を務めてきた。着物研究でイギリス・リーズ大学大学院博士課程修了。着物研究家として、2018年に着物のコーディネートを紹介する『シーラの着物スタイル』、21年に2冊目となる『シーラの着物スタイル+(プラス)』(いずれも東海教育研究所)を刊行。

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