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元首相逮捕の「カク爆弾」と〝闇将軍〟の終わりの始まり 1976(昭和51)年・ロッキード事件

有罪判決後、保釈が認められカメラの放列の中、東京地裁を出る田中角栄氏=1983年10月12日
有罪判決後、保釈が認められカメラの放列の中、東京地裁を出る田中角栄氏=1983年10月12日

特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/27

 米国産の航空機輸入を巡る汚職で〝総理の犯罪〟として世間を騒がせた「ロッキード事件」により逮捕、起訴された田中角栄元首相は、有罪判決を受けた後も政界を牛耳るキングメーカーの名をほしいままにした。〝戦後最大の疑獄〟で裁かれたものは何だったのか。

〈このころ、別棟三階の司法記者会室、担当記者が書きに書きまくっていた。社に電話送稿中の新聞社ボックス(各社ごとのコーナー)から聞こえる。

「いま、検事正会見の連絡が入りました。現在、原稿(夕刊早版用)は〝田中氏〟でいっておりますが、間もなく〝氏〟をとるように(検事正会見ということは逮捕間違いなし、とみて)なると思いますのでよろしく」

 ある記者がつぶやいていた。「まったくだよな、こういうのを〝カク爆弾〟ってんだよ」と〉(一部改変)

 1976(昭和51)年7月27日朝、東京地検は田中角栄前首相(当時)を外為法違反容疑で逮捕した。本誌こと『サンデー毎日』8月15日号は「田中逮捕」の発表を待つ記者クラブの高揚した雰囲気を伝える。新聞が逮捕された人の名前に「容疑者」とつけるようにしたのは89年からだ。一国の宰相だった政治家が〝呼び捨て〟になる事の重大性と並び、記者らの気負いもまた伝わってくるようだ。

 というのも「田中角栄」の名は早くから取りざたされ、取材合戦が続いていたからだ。76年2月、米議会の調査で、航空機メーカーのロッキード社が政界の黒幕とされる右翼の児玉誉士夫氏や、日本代理店を務める商社・丸紅などへ30億円を超える巨額資金をばらまいていた事実が判明。ロ社のコーチャン副会長は丸紅専務から政府高官に金が渡ったと証言し、さらに児玉氏を通じて政商と呼ばれた国際興業社主の小佐野賢治氏と接触したと述べた。小佐野氏の〝刎頸(ふんけい)の友〟こと田中氏を誰もが連想した。

 敗れた刑事被告は再び権力者に

 72年7月に発足した田中内閣だが、ジャーナリスト・立花隆氏の「田中角栄研究」で〝金脈問題〟が暴露され、74年12月に退陣。本誌76年5月30日号に載る政治部記者の覆面座談会の中に、こんなやり取りがある。

〈A 「ロッキード事件はコロンボ刑事だ」という声をよく聞くね。 C 犯人が最初から分かっている(笑)。どう追いつめるかが問題なんで……〉

 ドラマの主な筋は二つ。①自衛隊の次期対潜哨戒機(PXL)国産化計画が白紙化され、ロ社製造のP3C輸入に道が開けた②全日空の大型機(エアバス)導入で、ロ社のトライスターが選定された――72年にあった案件を巡り、当時の田中首相や「政府高官」がどう動き、賄賂がどう流れたのか。丸紅がロ社に渡した領収書に記された「ピーナツ100個」など怪しげな隠語も関心をかき立てた。

 だが、児玉氏に渡った21億円(児玉ルート)に絡み本筋とされた①が消えた。米側提供の資料にPXLに関連する〝証拠〟が一切なかったからだとされる。田中氏は②について、丸紅から5億円の賄賂をもらった受託収賄と外為法違反で起訴された(丸紅ルート)。ただし首相の「職務権限」が民間会社に及ぶのか疑問視もされた。本誌「サンデー時評」で評論家の松岡英夫氏は〈困ることは、田中裁判に法例がないという点である。刑法も総理大臣の収賄を予想してつくられてはいないのだから〉(76年9月5日号)と述べている。

 想定外の〝総理の犯罪〟に対し、83年10月、東京地裁は懲役4年の実刑判決を下した。本誌10月30日号は公判終了直後の田中氏の表情をこう描く。〈「こんなのは裁判じゃないよ、くだらん!」この言葉を機に、怒りのボルテージは、上がりっぱなしになる。地裁を出て、フラッシュを浴びると、すでに敗北した刑事被告人から権力者・田中角栄に戻っていた〉(一部改変)

 竹下登氏らが「創政会」を旗揚げする中、脳梗塞(こうそく)で倒れ、〝闇将軍〟としての力が陰り出す1年半前のことだ。

(ライター・堀和世)

ほり・かずよ

 1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など

「サンデー毎日8月7日号」表紙
「サンデー毎日8月7日号」表紙

 7月26日発売の「サンデー毎日8月7日号」は、ほかにも「疑問を直撃! 山上容疑者「伯父」の激白50分」「グラビア&記事8ページ! 羽生結弦『「新たな飛躍と偉大なる足跡』」「『健康教科書』番外編 医者の壁 近藤誠×和田秀樹 有名医師二人が〝告発〝!『医療界知られざる大罪』」などの記事も掲載しています。

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