教養・歴史書評

主流派経済学の「方法論」と「普遍性」を疑う書=評者・服部茂幸

『経済学のどこが問題なのか』 評者・服部茂幸

著者 ロバート・スキデルスキー(英ウォリック大学名誉教授) 訳者 鍋島直樹 名古屋大学出版会 3960円

「社会の中での人間」視点により主流派経済学の方法論を再検討

「歴史感覚をもっている人なら誰でも、世界を文化摩擦や国境のない単一市場に変えようとする傲慢な試みが、つらい結果に終わることを分かっていただろう」

 本書の序文の言葉である。けれども、「市場を解き放つ」傾向を持つ(主流派)経済学にとって、この「傲慢な試み」は経済を繁栄させるための試みだった。グローバリゼーションが行き詰まった現在、いずれが正しいかは切実な問題であろう。

 こうした中で、主流派経済学の欠点が特定の理論にあるのではなく、方法論にあると主張するのが本書である。

 本書が強調するのが「社会の中での人間」という視点である。これは主流派経済学が前提とする方法論的個人主義への批判である。本書は、社会学の主張を踏まえ、集団も独立的な行為主体であるとともに、個人的行動は集団の中の社会的地位によって形づくられていると指摘する。だから、単純な個人の行動の単純な総和が経済全体の結果とはならないのである。

 さて、初めにバラバラの個人を想定し、個人の損得勘定によって国家を作るというのが社会契約説が説明する国家の成立である。個人から出発し、社会や経済や国家を説明しようとするのは、むしろ近代啓蒙(けいもう)主義的な思考パターンであって、普遍的なものではないだろう。

 経済法則の「普遍性」に対する懐疑も本書の特徴である。主流派経済学の失敗は多くの場合、モデルに内的矛盾があるためでなく、理論と結果が矛盾していることにある。実際、理論的には起こらないはずの金融危機が2008年には起こった。数学モデルは、数理展開できない重要なことを省くので、危険だともいう。これに対する解決法は事前条件の厳密性を小さくし、演繹(えんえき)を緩やかにすることだという。

 最終章では、1930年代にケインズが、失業問題を解決できないことが自由な社会を崩壊させると問題提起していたことを紹介する。現在の世界では、グローバリゼーションから取り残された人々の不満がポピュリズムを広げ、民主主義を危機に陥れている。

 けれども、ハイエクやフリードマンのような筋金入りの市場主義者からすると、全体主義は市場を矯正しようとする大きな政府が生み出したのである。

 問題はグローバルな市場経済か、それを矯正しようとする国家か、これも現在の時代を生きる我々にとって切実な問題だろう。

(服部茂幸・同志社大学教授)


 Robert Skidelsky 1939年、満州生まれ。オックスフォード大学ナフィールド・カレッジで博士号(政治学)取得。著書に『ジョン・メイナード・ケインズ』『なにがケインズを復活させたのか?』など。

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