教養・歴史書評

昆虫食からセックスライフまで昆虫をめぐる物語が満載=評者・池内了

『昆虫の惑星 虫たちは今日も地球を回す』 評者・池内了

著者 アンヌ・スヴェルトルップ=ティーゲソン(ノルウェー生命科学大学教授) 訳者 小林玲子、監修 丸山宗利 辰巳出版 1980円

地球上で最も繁栄している生物 舌を巻く生殖時の“絶倫”ぶり

 地球に生きている生物の個体数や種の数でいえば、昆虫が最も繁栄している生き物である。なにしろ、この世界には、ヒト1人当たり2億匹以上の昆虫がいるといわれているほどで、繁殖能力も優れている。ショウジョウバエの番(つがい)を、敵がおらず繁殖しやすい環境に置いたとしよう。雌1匹が約100個の卵を産み、その半分が雌でそれぞれが100個ずつ卵を産むとして、1年で25世代を繰り返すと、全部で1の後ろにゼロが24個も並んだ数の卵が生まれる計算になる。むろん、ほとんどの卵は孵化(ふか)まで生きられないし、多数が捕食者に食べられてしまうから、生き残るものはごく少数であるのだが。

 というふうな昆虫の繁栄ぶりから出発して、食物連鎖や植物との共進化などの昆虫学の基本とともに、食糧問題として話題になっている昆虫食や、昆虫の秘めたる能力を人間がまねをするバイオミミクリーなどの虫の現代的応用まで書き及んでいるのが本書の特色である。ファーブルの『昆虫記』のような昆虫マニアの観察記も楽しいが、かつて寺田寅彦が『蛆(うじ)の効用』で書いたように、自然界を掃除して生態系を維持する昆虫の役割についてもきちんと1章割かれているのがうれしい。

 といいつつ、やはり昆虫たちのセックスライフの多様さを大いに楽しんだ。すべての昆虫は自分の遺伝子を持つ子孫を多く作ることを目的としている。その戦略として、雌は短期間に複数の雄と交尾して、「受精嚢(のう)」と呼ばれている袋に精子を保存しておき、タイミングを見てどれを受精に使うか選択する。精子を選択しているのだ。

 他方、交尾をめぐる雄の闘いも熾烈(しれつ)で、命を落とすことだって覚悟しなければならない。まず雄は、多機能ナイフのような生殖器で受精嚢に入っているライバルの雄の精子を掻(か)き出し、自分の精子に入れ替える。そして、交尾した後に雌の生殖器にしっかり栓をして、もはや交尾できないようにするのである。

 しかし、後から来る雄が「フック(ひっかけるもの)」を工夫して栓を外そうとする。そこで他の雄と交尾させないために、時間をかけて交尾する作戦を取る種も現れた。インドナナフシという昆虫は79日間もくっ付いて交尾し続けるそうだ。なんと絶倫なこと。そして、カマキリのように交尾後に雌の餌になってしまう場合もある。命がけなのである。

 本書には、このような昆虫をめぐる多くの物語が満載されていて、地球の貴重な仲間の生きざまがわかって楽しいこと請け合いである。

(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)


 Anne Sverdrup-Thygeson ノルウェー生命科学大学保全生物学教授。ノルウェー自然科学研究所の科学顧問も務める。森林の生物多様性、昆虫の生態学に関する著作多数。本書は世界22カ国で翻訳されている。

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