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国際・政治 東奔政走

なぜ甘利氏?異論噴出した追悼演説 「勇み足」の背後に自民の権力争い=中田卓二

安倍元首相の国葬と追悼演説が政権運営に影を落としている(国葬を決める閣議に臨む岸田文雄首相<中央>、7月22日)
安倍元首相の国葬と追悼演説が政権運営に影を落としている(国葬を決める閣議に臨む岸田文雄首相<中央>、7月22日)

 参院選中に凶弾に倒れた安倍晋三元首相の追悼演説が秋の臨時国会に先送りされた。自民党の甘利明前幹事長が演説することに与野党から疑問の声が上がったためだ。前代未聞のドタバタ劇の背景には、安倍氏亡き後の自民党の主導権争いが見え隠れする。

 7月28日の衆院議院運営委員会理事会で、自民党は参院選を受けた臨時国会の会期を8月3~5日と正式に提案し、最終日に安倍氏の追悼演説を実施したいと各会派に伝えた。ところがその夜、同党は先送りに転じた。報道各社が「甘利氏で調整」と速報したのは2日前の26日。高木毅国会対策委員長は「何よりも遺族の思いが尊重されるのがふさわしい」と記者団に説明した。

「トリッキー」な起用

 甘利氏は2012年末に発足した第2次安倍内閣で経済再生担当相を務め、安倍氏、麻生太郎副総理兼財務相(現党副総裁)と並んで「3A」と称される政権の中枢を占めた。ただ、首相経験者が亡くなった場合、現・元首相や他党党首が追悼演説するという慣例が衆院にはあり、例えば00年に当時の小渕恵三首相が亡くなった際には、社民党の村山富市元首相が演説している。

 それに倣えば今回は岸田文雄首相、麻生氏、菅義偉前首相、立憲民主党の野田佳彦元首相が有力とみられていた。そこに甘利氏が急浮上すると、自民党内でも「相当トリッキーだ」(閣僚経験者)と驚きが広がった。

 同党関係者によると、安倍氏の妻昭恵さんは当初、麻生氏を望んでいたという。安倍、麻生両氏は盟友関係にあり、それなら不思議はない。しかし、麻生氏は安倍氏の葬儀で弔辞を述べたことを理由に断った。

 追悼演説を仕切るのは高木氏の役目だ。甘利氏は7月29日のテレビ番組で「(高木)国対委員長から内々に打診があった。私が申し出た話ではない」と明かした。しかし、高木氏が十分根回ししたかは疑わしい。「茂木敏充幹事長や菅氏は事前に相談されなかった」という証言もある。

 立憲民主党は野田氏を推していた。西村智奈美幹事長は「慣例から逸脱している。自民党のための追悼演説なのかと言わざるを得ない」と再考を要求。甘利氏は16年に週刊文春に金銭授受疑惑を報じられ、経済再生担当相を辞任した経緯があり、野党はこの点も問題視した。

 野党に譲りたくないがために自民党内で人選を急いだというのなら、高木氏の勇み足で片付いたかもしれない。しかし、甘利氏は別のところでも物議を醸していた。7月20日、自身のメールマガジンで、安倍派の後任会長問題を「誰一人、現状では全体を仕切るだけの力もカリスマ性もない」と酷評したのだ。同派のベテラン議員は「カリスマ性がないのはどっちだ。小選挙区(衆院神奈川13区)で負けた人だろう」と不快感をあらわにした。

 こうしたいきさつから、党内第3派閥を率いる麻生氏が関与したという観測がある。甘利氏は麻生派だ。麻生氏に批判的な閣僚経験者は「遺族が甘利さんにお願いしたいなんて言うはずがない。麻生氏の意見を聞きすぎてはまずいと首相も分かっただろう」と語る。

「反麻生」の立場での解説だから額面通りには受け取れない。ただ、安倍氏の死によって、政権内で麻生氏の発言力が増すことを警戒する声があるのは事実。首相と麻生氏の間にすきま風を吹かせる意図がうかがえる。

 演説の資格がある菅氏をスルーしたことも臆測を呼んでいる。昨年、菅氏の総裁再選の道を断ったのは首相だ。自民党幹部は「互いに快く思っていない。次の人事で菅氏を要職で起用することはないだろう」と述べ、取り沙汰されている副総理起用説を否定する。演説を依頼しなかったのが伏線というわけだ。

「急ぎすぎ」のツケ

 高木氏は1日、立憲民主党の馬淵澄夫国対委員長と会談し、追悼演説を秋の臨時国会で行うことで合意した。「静謐(せいひつ)な状態ではない」ことを先送りの理由に挙げたという。与野党から異論が噴出した甘利氏は、差し替えられる可能性が高い。

 共同通信社が7月30、31両日に実施した全国電話世論調査によると、9月27日に予定される安倍氏の国葬に「反対」「どちらかといえば反対」は計53・3%で、「賛成」「どちらかといえば賛成」は計45・1%だった。これを受けて日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)は「岸田さんはおごっているんじゃないのと捉えられている。(国会で)きちんと説明すべきだ」と指摘。今後、反対の世論が増えるようだと首相の立場は苦しくなる。

 一方では、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党議員とのつながりに関心が集まっている。関係が報じられた議員は安倍派に多い。「国葬も追悼演説も急ぎすぎた」(主流派幹部)と嘆いても後の祭りだ。

 旧統一教会の問題は内閣改造・自民党役員人事にも影を落とす。複数の党幹部は「安倍派の処遇が難しくなるのではないか」と口をそろえる。岸田政権にとって、静かな臨時国会にはならないように思える。

(中田卓二・毎日新聞政治部長)

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