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露呈した高度成長の“虚像” なお続く「豊かさ」への問い 1973(昭和48)年・第1次オイルショック

灯油の安売りには長い列ができ、またたく間に売り切れた=埼玉県浦和市(当時)のガソリンスタンドで1973年11月
灯油の安売りには長い列ができ、またたく間に売り切れた=埼玉県浦和市(当時)のガソリンスタンドで1973年11月

特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/32

「節電」が叫ばれた猛暑の夏を過ぎても、冬に向けて再度エネルギー不足が懸念される。一方で食料品の更なる値上げラッシュと聞けば、半世紀前の「オイルショック」を連想する。“消えたトイレットペーパー”に象徴されるパニックはこの国の地金をさらけ出した。

〈東京電力の会長室はめっきりうす暗くなった。インタビューに来た新聞記者に、「メモをとりにくかったら、あかりをつけますが……」と気をつかうほどのルックス低下なのである〉

 本誌こと『サンデー毎日』1974(昭和49)年1月6日号はそう書く。部屋の主は当時の東電会長・木川田一隆(きがわだかずたか)氏だ。前年10月、第4次中東戦争の勃発に伴ってアラブ産油国は石油価格の大幅引き上げと西側諸国への禁輸・供給削減を宣言した。第1次石油危機(オイルショック)である。マイカー自粛▽室内暖房を20度以下にする▽電灯のつけっ放しをやめる――など政府が国民にエネルギーの節約を呼び掛ける中、電力会社トップとして〈率先実行中の涙ぐましい節電ぶりである〉と記事は伝える。

「蒙古(もうこ)襲来以来の国難」だと慌てる財界の声を同号は拾うが、ある種の“気骨”を示したのが、植村甲午郎(こうごろう)・旧経団連会長だ。〈冗談とも本気ともつかずこういった。「トイレットペーパーがないぐらい何だ。そんなにジタバタ騒ぐことはない。左手を使えばいい。左手はいくら使っても減らないし、あとは洗えばいい」〉

 オイルショックを象徴するトイレットペーパーの買いだめ騒ぎは11月初め、関西で発生した。本誌73年11月25日号は兵庫県尼崎市のスーパーでは負傷者が出たと報じる。〈「ペーパーは絶対、不足していません。買い急がないように」と政府はおっしゃるけれど戦後の物資不足時代も政府は同じことをいい真に受けて買い控えた者は損をした。もうダマされないぞ…〉

「灯油上げるな」田中角栄の限界

 買いだめは洗剤や砂糖、塩などにも広がった。同年12月9日号で、家事評論家の犬養智子氏は雪崩現象が東京に波及した様子を書いている。〈郊外の団地の主婦は「洗剤を二度買いに行って、なかったの。三度目に朝、並んでようやく一個買えたときには、もう一度並んで二つ買ったわ」といった。(中略)余暇と情報にめぐまれた主婦が、これほどまで政府を信用せず、これほどたやすく情緒的・非合理的行動に走るとは、だれが予測したろう〉

 中でも深刻だったのは、灯油やプロパンガス(LPガス)などの品薄、値上がりだ。石油危機を概観すると、日本の原油輸入量自体は減少しなかったが、原油価格は約4倍に跳ね上がった。当時の田中角栄内閣はエネルギー価格の統制を試み、灯油の小売価格を1缶(18㍑)380円で凍結させた。石油ストーブが暖房の主力だった時代、「灯油は上げるな」が田中首相の口癖だったという。

 しかし、それでは文字通り問屋が卸さない。店頭ではたちまち500円台をつけた。本誌12月30日号は消費者団体のこんな憤りの声を載せている。〈精製業者とツーツーの大手特約店、卸商が大量に灯油を押え、悪質な値上げをしている実例。(中略)小さな小売店は卸、問屋にイジワルをされるのがこわくて泣き寝入りしているんですよ〉

 一方“モノ不足”の本質を突く発言もある。〈「ゆたかさ」の名で実は「浪費」を売ってきたのが高度成長だ。(中略)低俗印刷物の氾濫のなかでトイレットペーパーが不足と騒がれ、菓子メーカーは必要量の何倍かの砂糖分を子供に食べさせ、たくさんの病気をおこしているなかで砂糖不足に行列しなければならなくなっている〉(12月9日号、大門一樹・東海大教授)

 本誌掲載の広告で総理府は〈限りある資源を多量に消費することによって成り立ってきた産業構造は、国民生活の上に真の豊かさを保証するものではない〉と省エネを訴えた。その後、何度も繰り返されてきた言葉だ。

(ライター・堀和世)

ほり・かずよ

 1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など

「サンデー毎日9月18日号」表紙
「サンデー毎日9月18日号」表紙

 9月6日発売の「サンデー毎日9月18日号」は、ほかにも「始まるぞ!菅義偉の大逆襲 岸田政権崩壊シナリオの全貌」「和田秀樹の健康教科書・第6弾 追悼・近藤誠医師 和田流死生観 自分の死に方を考えよう!」「全国624進学校アンケート 進路指導教諭が『推す』オススメ大学ランキング」などの記事も掲載しています。

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