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教養・歴史書評

「価格弾力性」という経済学的ツールを使わずに消費活動を分析してみせた=評者・井堀利宏

『消費は何を変えるのか 環境主義と政治主義を越えて』 評者・井堀利宏

著者 ダニエル・ミラー(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン人類学教授) 訳者 貞包英之 法政大学出版局 3520円

 デジタル文化人類学の権威である著者は、いくつかの事例観察に基づいて、消費者自身が生活する家族や近隣社会との関わりのなかでの消費現象を分析している。カリブ海のトリニダード島でのコーラのローカル対応への進化やロンドンでのジーンズ・ファッションの標準化に関する事例研究、消費宣伝に関する広告業界の内情調査などで、消費を文化と捉える文化人類学的な観察を展開している。

 著者は消費の日常的な切実さに注目し、家族の中での消費行動に愛と利他主義が見られる、と指摘する。たとえば、「ピーナッツ・バターは、子どもが食べるべきものですが、同時にあなたの子どもが食べるからこそ、買われるのです」という消費の規範(標準的な状態と実際の状態の隔たりを小さくすること)を説明する。買い物とは、買い物の宛先となるあるべき像を表現する人(例えば妻)と、実際の人物(例えば夫)を近づけようとする企てだという。「あなたは、夫が履くべきだと思い、実際履くだろうジーンズを買い、痩せるために摂(と)るべき食事と欲求の妥協点としての夕食をつくります」。

 消費行動は経済学でも重要な研究対象である。家計は可処分所得と価格を所与として、その経済的満足度=効用を最大化すべく行動すると考えるのが、経済学の基本である。

 経済学は社会的文脈を排除し、質的研究を無視しているので、明るい展望がないと批判する本書は、経済学とは別の次元で消費行動を考察している。たとえば、資本主義経済がグローバル化すると、世界中で汚染を引き起こす消費活動も増加するので、地球に優しい消費は難しい。経済学では、炭素税や排出権取引など市場メカニズムを活用して、環境にマイナスの負荷を与える消費のコストを引き上げることで、その消費量を抑制すると考える。この際、価格によって消費がどう変化するかという価格弾力性を重視する。財サービスごとに価格に対する反応を考慮した上での政策対応が有効と考える。

 しかし、本書はこうした経済学的アプローチに懐疑的である。環境対策も、そもそも消費がグローバルに不公平に行われている現実を是正することから始めるべきだとする。本書で消費行動を考察する際に、価格弾力性の概念が全く登場しないのも、消費分析の関心事が文化人類学と経済学で本質的に違うからだろう。現実の消費活動にはさまざまな側面があるから、消費文化に注目する本書の文化人類学的議論もそれなりに興味深い。

(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)


 Daniel Miller 1954年生まれ。ケンブリッジ大学で人類学と考古学を学ぶ。2009年、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンにデジタル人類学プログラムを創設。世界各地でソーシャルメディアに関わる人類学的調査を実施中。

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