アマゾンで首位独走、傑作の呼び声高いキングの新作「おとぎ話」 冷泉彰彦
スティーブン・キングといえば、1973年に出版されたホラー小説『キャリー』がヒットして以来、ほぼ半世紀にわたって米国を代表する作家という座を占めてきた。映画化された作品も多く『キャリー』以外にも『スタンド・バイ・ミー』『シャイニング』などもキングの原作である。「ホラー(恐怖小説)のキング(王様)」と呼ばれることが多いが、ファンタジーやSFにも定評がある。
キングは、21世紀に入っても、「IT/イット」の映画化ヒット、長編ファンタジー「ダーク・タワー」シリーズなどで引き続き話題となる一方で、探偵を主人公にした新しいシリーズ「ビル・ホッジス3部作」などをヒットさせている。そのキングの最新作『おとぎ話(“Fairy Tale”)』が売れている。9月6日に発売されると、アマゾンの「最も売れた本」部門でも「最も読まれた本」部門でも1位を独走しており、既に7000を超えるレビューがついている。本作は、1月24日に刊行の告知がされた時点で9月6日の発売日が予告され、ファンの間では強い期待感とともに話題になっていた。実際の作品の評価は上々であり、ファンの期待を裏切ることはなかったようだ。
サイモン&シュスター傘下のスクリブナー刊である本書は、ハードカバーで608ページの大冊であり、石畳の中に空いた穴の奥に炎に包まれた世界へ降りるらせん階段が描かれた印象的な表紙に彩られている。主人公はチャーリー・リードという十代の少年で、難しい家庭環境に育つが、ある時ボウディッチという老紳士に出会うことから、「もう一つの世界」を知ってしまう……というストーリーだ。キングが何度も取り上げてきたモチーフではあるが、本作はより悲劇的であるし、ストーリーは激しく展開し、これでもかと世界の苦しみが描かれている。
多くの批評家は、本作のダークな色彩感には新型コロナウイルスのパンデミックによる、先の見えない閉塞(へいそく)感の影響を指摘しており、キング自身もこれを否定していない。既にポール・グリーングラス監督(「ボーン・スプレマシー」の監督)による映画化も決定した本作は、21世紀のキング作品を代表するものという評価もある。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。
週刊エコノミスト2022年10月18日号掲載
海外出版事情 アメリカ 傑作の呼び声高いキングの新作『おとぎ話』=冷泉彰彦