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教養・歴史書評

明の皇帝直接支配システムが生んだ政治の私物化 評者・服部茂幸

『明代とは何か 「危機」の世界史と東アジア』

著者 岡本隆司(京都府立大学教授)

名古屋大学出版会 4950円

 中国の歴史を無視して、日本の歴史を完全には理解できないだろう。本書は明朝が室町時代とほぼ同時期であり、清朝は江戸時代とほぼ同時代であるのは偶然ではないという。

 14世紀は寒冷化の時代である。これがモンゴル帝国の支配を終わらせ、明朝を誕生させたと本書は指摘する。新たに中国を支配した明はモンゴル帝国を否定する。明の中心理念は「中華」と「夷狄(いてき)」を分けることである。またモンゴル帝国は商業帝国であり、少数派のモンゴル人は地方分権的な支配を行った。反対に明は農業中心の現物主義であり、社会のすべてを皇帝が直轄支配するシステムを作ろうとした。

 けれども、新たなシステムは社会の変化によって現実から乖離(かいり)する。特に貨幣の使用は現物主義の下で控えていた。ところが、永楽帝は経済力の乏しい北京に遷都した。そのため、豊かな江南から物資を大量輸送する必要があり、それが貨幣と商業を活性化した。また明は私的な貿易を禁止したが、周辺国は豊かな中国物産を欲しがり、それが密貿易(倭寇(わこう)もその一つ)を生み出すと同時に、中国に銀を流入させた。こうして、旧来のシステムはなし崩し的に崩壊していくが、理念は変わらないままというのがその後の明の歴史だという。

 皇帝の直接支配は、内閣大学士(皇帝の私的な家庭教師)と宦官(かんがん)(私的な召使)による支配を生み出した。公的な制度による統治ではないということで、これを本書は政治の私物化と呼ぶ。これが明の政治を社会から遊離させたという。

 本書の最後で、明が滅亡した時代を生きた知識人(士大夫)黄宗羲(こうそうぎ)と顧炎武(こえんぶ)を取り上げる。黄は明の滅亡は皇帝が天下を私物化したからであると論じていた。顧は社会が政治と有機的につながっていなかったからだと考える。中国は知識人の国だと思わせる(17世紀にしては)鋭い指摘である。本書は顧の意見は正しいとした上で、中国はその後も解決方法は見つけていないとし、今の中国でもどうだろうかと問いかける。

 ところで、今年7月、安倍晋三元首相が銃殺された。カルト教団によって人生を破壊された被害者が、そのカルト教団を支援した要人を銃殺するというのは前代未聞である。今の日本では首相官邸の権力が強まった。そして、政治はカルト教団などいわゆる上級国民とは密接につながっているが、その他の一般国民とは遊離している。

 明は最後は李自成の反乱によって滅びた。日本はどうなるのだろうか。

(服部茂幸・同志社大学教授)


 おかもと・たかし 1965年京都市生まれ。『属国と自主のあいだ』(サントリー学芸賞)、『中国の誕生』(アジア・太平洋賞特別賞、樫山純三賞)など著書多数。


週刊エコノミスト2022年11月1日号掲載

『明代とは何か 「危機」の世界史と東アジア』 評者・服部茂幸

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