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徐州陥落の〝歓喜〟に隠れた 悪鬼の「彰義隊」による惨劇 1938(昭和13)年・津山三十人殺し

殺害された遺体に合掌する被害者の遺族=1938年5月撮影
殺害された遺体に合掌する被害者の遺族=1938年5月撮影

特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/39

 日中戦争が拡大の一途をたどっていた頃、岡山県の山里で一人の若者が集落の30人を猟銃などで殺害した。世にいう「津山事件」である。当時の本誌『サンデー毎日』はその地獄絵図をありありと描写しつつ、滴る鮮血から漂う時代の空気を嗅ぎつけようと模索した。

 横溝正史の推理小説『八つ墓村』のモデルとされるだけに、よほど日本中を震撼(しんかん)したと思うと少し趣が違うようだ。〈この事件はあまりひろくは世に知られていない。当時、地元の新聞はさすがに大きく報道したが、それも束の間で、すぐに消えた〉と作家の松本清張が昭和40年代に著したノンフィクションで述べている(『ミステリーの系譜』所収「闇に駆ける猟銃」)。

 折しも日本軍が中国で戦線を広げ、「徐州陥落」に沸いた頃だ。戦時下には不適切なニュースだと見なされた可能性を清張は指摘する。〈ひとりの若者が三十人の村民をいっぺんに殺したという記事より、ひとりの日本兵が三人の敵兵を殺したという報道のほうがはるかに大事であったろう〉

「津山三十人殺し」とも呼ばれる事件は1938(昭和13)年5月21日未明に起きた。岡山県西加茂村(今の津山市)に住む男(当時21歳)が寝入っている村人を次々に襲った。一部始終を伝える本誌6月12日号が犯行に及ぶ男のいでたちを記している。〈黒詰襟服にゲートル、地下足袋といった黒装束に身を固め、用意の猟銃に弾丸を装填(そうてん)、腰には日本刀、さらに両脇に短刀一本づつを差込み、頭に二個の懐中電灯を鬼の角見たいに固く縛りつけ、胸に一個のナショナルランプを吊(つ)るして、まるで三つ目小僧が上野の彰義隊に加わったような扮装(ふんそう)を整えた〉

 異形の男は、主に同じ集落に住む30人を殺害(重軽傷3人)した後、山中で猟銃自殺した。初報した同5日号には〈惨事を起した原因は病気と失恋〉とある。

 病気とは結核だ。男は幼い頃に両親を結核で失い、祖母に育てられた。学校の成績は一番だったが進学はしなかった。〈友人達が中等学校に進む姿を見て「なアに、彼等が四年、五年とかかって卒業するところなら、僕はその半分でやって見せる……」と小学校教員の検定試験の準備にとりかかったが、それも束の間で、ふとしたことが原因で肋膜(ろくまく)を患い、(中略)受験の希望もついに放棄してしまった〉(6月12日号)

 「のろま」嘲笑が見落とした訓練

 病気は軽かったとされるが、将来を悲観して捨て鉢になったという見方は成り立つ。一方の「失恋」は語感とやや印象を異にする。本誌同号は〈この村も矢張り娯楽に恵まれない山村特有の〝男女関係〟がいたって弛緩(しかん)であった〉と書く。男の恋愛はえてして人妻相手の夜這(よば)いだった。記事いわく「田舎では一寸目につく美青年」が関係した村の女は複数いたが、最も執心した年上の人妻にやがて縁を切られる。男は病気を打ち明けたからだと合点し、恨んだ。記事は男が36年5月につづった日記の一節とされる文章を引いている。

〈今日誰だったか僕に聞えよがしに〝親は両人とも肺で死んだ〟と声高に話して行った。ああ、やっぱり父も母もそうだったのか、部落の奴が僕を村八分にした理由もわかった。僕の生命もそう長いものではない。僕は今日を期して百八十度の転換だ。僕は悪鬼となって僕に背き、僕を苦しめた奴らに復讐(ふくしゅう)する……〉

 先に挙げた「闇に駆ける猟銃」で清張は〈被害者意識は、周囲が考えている程度よりはずっと深刻な場合が多い。(中略)これは現代の都会生活にも通じることである〉と読み解いた。無論、大量殺人と一直線には結ばれない。凶悪事件と社会との見えない接点に目を凝らす時、「闇」という言葉が引力を帯びてくる。

 復讐を決心した男は狩猟と称して山に通い、射撃訓練に日々励んだ。一度も獲物を提げて帰らないさまを見て村人は〈あんな男に撃たれるような、のろまな兎はいないだろう〉とあざ笑った、と記事は書いている。

(ライター・堀和世)

※記事の引用は現代仮名遣い、新字体で表記。必要に応じて内容を一部改変

ほり・かずよ

 1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など

「サンデー毎日11月20・27日合併号」表紙
「サンデー毎日11月20・27日合併号」表紙

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