教養・歴史書評

金融危機から戦争、災害までショックと付き合える社会を目指す 評者・井堀利宏

『レジリエントな社会 危機から立ち直る力』

著者 マーカス・K・ブルネルマイヤー(プリンストン大学エドワーズ・サンフォード・プロフェッサー)

訳者 立木勝、山岡由美

日経BP 2750円

 レジリエントとは、危機から立ち直る回復力を意味する。近年コロナ・パンデミックやウクライナ危機など、世界を震撼(しんかん)させるマイナスのショックが立て続けに起きている。また、気候変動リスクも深刻化し、異常気象が頻発している。こうした予期せぬショックに直面するとき、ショックに抵抗して耐えることよりも、ショックとうまく付き合いつつ、それからの回復力を高めることがより重要だと主張する。リスクを恐れないで受け入れることが新しい活力につながる。レジリエント(回復可能)なリスクとそうでないリスクを見極めることも大事になる。

 コロナ危機では、マスクの着用、PCR検査、対面での経済活動自粛のような感染拡大を抑制する方策だけでは平時への回復が難しい。動的な視点でみると、有効なワクチンを早期に開発することで、ニューノーマルに戻る回帰時間を短くするとともに、新しい日常についての明確なビジョンを示すことが、レジリエンスを高くするのに役立つ。

 1990年以降の日本では、バブル経済の崩壊と不良債権処理、リーマン・ショック、東日本大震災に見舞われた都度、ショックを緩和させる財政・金融政策が実施された。しかし、回復力は弱く、その後の経済は低迷している。レジリエンス戦略が十分に意識されないまま、その場しのぎの対応に終始した結果だろう。コロナ危機でも当初はマスク着用などの自主規制が成功し、被害の程度は諸外国より少なかったが、ワクチン開発は進まず、コロナ後への明確なビジョンがないままで、回復力は弱く、欧米に後れを取っている。

 社会がレジリエンスを高めるには、複数の選択肢が利用可能となる代替性や多様性が重要になるし、他者と助け合う行動も有用になる。また、小さな危機を経験することが将来のレジリエンスに対する投資にもなる。失敗から学んで立ち直り、再び挑戦する能力を備えられるように、格差を是正するとともに、政府の政策、社会規範、金融市場の機能などを活用して、ショックに柔軟に対応しつつ、一貫性のある社会契約を構築すべきとする。

 本書はレジリエンスの概念と原理を体系的に説明するとともに、パンデミックのみならず、金融危機、公債累増、財政破綻、不平等、気候変動、地政学とグローバル秩序など、さまざまなリスクを扱っている。対象が幅広いせいか、それぞれの課題を克服する政策提言に物足りなさもあるが、危機からの回復力を高める考え方に、今日的意義は大きい。

(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)


 Markus K.Brunnermeier 米議会予算局、ニューヨーク連邦準備銀行、国際通貨基金などの勤務を経て現職。日本では低金利政策の問題点を指摘した「リバーサル・レート」論の提唱者として知られる。


週刊エコノミスト2022年11月15日号掲載

『レジリエントな社会 危機から立ち直る力』 評者・井堀利宏

コロナ、金融危機から学びショックと共存できる社会を

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