中間選直前「元トランプ番記者」が批判本発表 冷泉彰彦
2015年に米大統領予備選で「旋風」を巻き起こして以来、ドナルド・トランプ氏をめぐる伝記本や暴露本は数多く出版されてきた。そんな中で、22年10月、中間選挙投票日の1カ月前というタイミングで、新たな一冊が加わった。著者のマギー・ハーバーマンは、ニューヨーク政界を長年取材、タブロイド紙などを渡り歩いた後に、15年に『ニューヨーク・タイムズ』記者として採用された人物。「トランプ番記者」として密着しながら、その半生についても取材を続けてきた。特にトランプ氏とその側近たちがロシア政府の影響下にあったことを暴露した点は高い評価を受け、彼女を含む取材チームは18年にピュリツァー賞を受賞している。
今回出版されたトランプ伝は、その集大成だ。ペンギン・ブックスから刊行された本書は『ペテン師 ドナルド・トランプの誕生とアメリカの破壊("Confidence Man:The Making of Donald Trump and the Breaking of America")』という思い切った題名が採用されている。
内容は極めて詳細な伝記となっている。詳細といっても、前半生の不動産業、そしてカジノやリゾートの経営において、違法行為や脱税など取り立てて新しいスクープがあるわけではない。ハーバーマンの狙いは新事実の発掘ではないからだ。その代わりに、ハーバーマンは少年時代から実業家時代、そして政界入りに至るまでの多くのインタビューを調べ、そして可能な場合には実際にそのインタビュアーに取材して、「ナマの発言」を徹底的に調べ上げている。
その結果として、トランプ氏が究極のネガティブ思考を原点としつつ、自分の目的を遂げるためには手段を選ばないし、とりわけ若いときから何の抵抗もなく虚偽虚言を操る「ペテン師」であったことを描き切ることに成功している。同時にハーバーマンは、ニューヨーカーとして、この街の俗悪なジャーナリズムや、法執行機関の無能、加えて拝金主義の世相がこの怪物を生み出したと文明論の観点からの批判も突きつけている。今回の大統領選への影響力は限定的かもしれないが、「トランプ時代」の貴重な記録として長く残る一冊になるのは間違いない。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。
週刊エコノミスト2022年11月15日号掲載
海外出版事情 アメリカ 「番記者」が出版。トランプ批判本の決定打か=冷泉彰彦