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「小室さんに8億円」を考える 陰謀論的信念が背景にある 社会学的皇室ウォッチング!/54=成城大教授・森暢平
ニューヨークで生活する小室眞子さんと圭さん夫妻に、年間8億円超の税金が使われている―。そんな情報がネット上に存在する。こうした情報が出回るのは、皇室に関する陰謀論的信念が根強く存在するからだと思う。
この「8億円超の税金投入」を最初に報じたのは『週刊新潮』(3月17日号)である。同誌は「政府関係者」の話として、小室さん夫妻の警備を「NYの民間警備会社に委託する案」が浮上し、「外務省と警察庁の担当者が検討を始め」たと書いた。
こうした噂(うわさ)をもとに、同誌が米国警備業界関係者に見積もりを依頼したところ、小室さん夫妻の警備の時間単価は1万2000円と想定されるとした。そして、警備員と運転手計4人が24時間、小室さん夫妻に張り付くと、1万2000円×24時間×4人×31日で、月額3571万2000円となる。さらに、夫妻が移動に使う車両費用として1日5万円が想定され、この代金は、5万円×2台×31日で月額310万円と計算される。これを足すと、「一番安いプラン」でも月額3881万2000円となる。さらに「私邸常駐警備」などを追加すると、月額費用は7000万円を超えると『週刊新潮』は見積もった。この7000万円に12カ月を掛けると、8億4000万円となる。これが「8億円超」の根拠だ。つまり、小室さん夫妻の警備を民間警備会社に委託する案があるという、あやふやな噂をもとに『週刊新潮』編集部が見積もった額である。
記事のなかで同じ「政府関係者」は、民間警備会社に支払われる費用について、外交機密費を充てる案も検討されていると付け加えた。他のメディアがチェックできない「政府関係者」を唯一の情報源とした記事である。
ところで、ニューヨークに住む小室さん夫妻は、数多くの機会でパパラッチされているが、警備員が目撃されたことはない。警備が厳重な車両2台を駆使して夫妻が移動する姿を見た人もいない。2人はいつも徒歩で移動している。小室さん夫妻、あるいは日本政府が、民間警備会社に警備を依頼した形跡は何もない。
「疑惑」を増幅するメディア
「8億円超」という金額は、女性誌などの一部週刊誌系メディアによって増幅される。例えば、『女性自身』ウェブ版(10月27日)は「小室眞子さん夫妻 年間8億円という報道も…NY移住後も〝厳重警備〟疑惑の真相」という記事を掲げた。そこには「民間警備会社に眞子さん夫妻の警備を依頼する計画を立てているという報道がありました。(略)原資として、使途を公開する必要がない〝外交機密費〟を充て、場合によってはその額が年間で8億円にものぼるという内容でした」と『週刊新潮』の記事がそのまま紹介された。
『女性自身』は一方で、ニューヨークの日本人ジャーナリストの話として、夫妻が住むマンションに警備員の姿はなく、夫妻の周囲に警備員がいたという情報は聞かないという話も併記し、一見バランスを取る。しかし、「疑惑の真相」というタイトルとは異なり、「真相」については何も言及していない。疑惑を否定するスタンスを見せながらも結果として「疑惑」を増幅する書き方になっている。
記事はまた、「ネットニュースのコメント欄やSNS」における以下のような声を、無批判に紹介する。
「試験に合格したことで、2人がニューヨークに滞在することは確定となったわけで、この先の年間警備費8億円はずっと税金で支払うことになるのか…圭氏の年収が2千万から3千万に上がったとしても、警備費8億円は…」「それでもこの2人の超高額の警備費は我々の税金で賄っているのでしょ?ヘンリーとメーガンみたいに自腹でやるべき」
ネット上には、たしかに、こうした言説が多く見られる。『女性自身』は、人びとがそうした噂をネット上で論じることを紹介する体裁ではある。しかし、皇室ニュースに強い(はずの)『女性自身』がネット言説に触れることで、噂レベルの情報に信憑(しんぴょう)性を与えている。
「見えない力」を信じる
小室さん夫妻に「8億円超」が投入されるという話を信じる人は、多かれ少なかれ陰謀論的信念を持っていると思われる。政治学者、秦正樹さんが書いた新著『陰謀論』(中公新書)によれば、陰謀論とは「重要な出来事の裏では、一般人には見えない力がうごめいていると考える思考様式」のことである。皇族と結婚し、米国で弁護士資格を得た「成功者」である小室さんへの妬みから、「成功」の背景には、皇室、宮内庁、外務省、あるいは外国勢力の「見えない力」があるはずだと信じたがる人(信じてしまう人)が一定数存在する。
秦さんはまた、陰謀論のような突飛(とっぴ)な考え方に影響されてしまう人は、決して少なくないと述べる。とくに、その人が置かれた状況と「あるべき現実」に乖離(かいり)がある人は、「私こそ、多くの人が知らない真実を知っている」と思考しやすい。
人には、その個人がもともと持っている特定の考え方に沿って、得られる情報を整合的に受け入れる傾向がある。正確な事実の理解より、自分の信念に合致する心地よさを優先してしまう。高級(そうな)ニューヨークのマンションに住む小室さん夫妻は、一般人には享受できないような庇護(ひご)の下にあるはずという信念(結論)がまずあり、その結論を補強する情報に飛びつき、情報を信念と合うように解釈するのである。
陰謀論的信念の持ち主は、新聞・テレビのような伝統的メディアは「真実」を伝えないと考える傾向もある。だから、「8億円超」という情報を伝統的メディアが扱わないことは、逆に情報の信憑性を高めている。『週刊新潮』『女性自身』のような雑誌系メディアも、さすがに、「8億円超」説を断定してはいない。「そうした噂(情報)がある」ことを報じるだけだ。ところが、雑誌系メディアの記事がネット空間を流通する間に、「情報」は「真実」に置き換わってしまう。
『サンデー毎日』のような新聞社系メディアに、私のような元記者が「『8億円超』はデマだ」と書いたところで、陰謀論を信じる人が信念を変えることはないだろう。それこそ陰謀論がはびこるメカニズムである。
もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など