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「おきさき記者」は〝二課担〟 新たな「皇室観」探った国民 1959(昭和34)年・「ミッチーブーム」

皇居から東宮仮御所まで8.8㌔を馬車でパレードした皇太子さまと美智子さま=1959年4月10日
皇居から東宮仮御所まで8.8㌔を馬車でパレードした皇太子さまと美智子さま=1959年4月10日

特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/43

 1958(昭和33)年11月、皇太子妃に正田美智子さん(現上皇后さま)が選ばれた。美貌と才気に富む〝平民〟のプリンセス誕生は国民が戦後の新しい皇室を肌で感じる機会でもあった。メディアは取材合戦に明け暮れつつ「ミッチーブーム」の正体を手探りした。

「おきさき記者」という言葉が当時、あったそうだ。

〈各新聞社は、この〝世紀の特ダネ〟にそなえて、皇太子妃取材本部を設け(中略)激しい取材競争にのぞんだ〉と本誌『サンデー毎日』58年12月7日号の記事にある。皇太子(現上皇さま)の結婚相手をスクープするため夜討ち、朝駆けを繰り返した取材本部のメンバーが、おきさき記者だ。

 11月27日、宮内庁は現上皇后の美智子さまを皇太子妃に迎える旨を発表。それを受けた同号の記事「お妃さまを追って七年」によると、取材には敏腕の事件記者が動員された。〈この事件は知能戦である。したがって、警視庁捜査二課担当の記者が、ピタリおきさき記者の適任者ということになる。宮内庁記者クラブには、目だって各社の二課担当記者がふえた〉という。経済事件や汚職事件を扱う〝二課担〟は情報のプロだが、畑違いの役目ではあったようだ。〈元華族名簿、学習院の同窓会名簿からひろいだした年ごろのお嬢さんを、シラミツブシに当たって行った。(中略)あるおきさき記者は、某家のお抱え運転手を尾行して、やお屋でタクアンを買うのにつきあわされた。ある記者は、御用聞きに化けて、某家の内情を探ろうとしたが、犬にほえられて失敗した〉

 取材は過当競争の趣を帯び、目星をつけた女性を追い回し、無理やり写真を撮るなどトラブルも多発。誤報による人権侵害が懸念されたことから、皇太子の教育係だった小泉信三氏が仲介し、宮内庁の発表まで報道を控える紳士協定が結ばれたことはよく知られる。

 特ダネを狙うのはむしろ記者の職業規範ともいえるが、記事は半面、彼らの心情の一端をこう描いてみせる。〈たかが一人の青年のヨメ選びにすぎないではないか。(中略)いったい皇室の慶事を、こんなに大きく扱うべきだろうか〉

 46年に昭和天皇が「人間宣言」を行ってから12年余り。〝民主化〟された皇室との距離を目分量するメディアの苦心が読み取れる。

 歓声の陰で「日の丸売り」の悲哀

 もちろん皇太子妃決定で世間は沸きに沸いた。翌59年4月10日の結婚を頂点に「ミッチーブーム」が起きた。本誌3月29日号は〝ご成婚パレード〟の沿道にある民家2階を見物席に借りようと争奪戦が勃発している様子や、二人が出会うきっかけとなったテニスがブームとなり、ラケットの生産本数が5割も増えた現象などをリポートしている。

 慶事にあやかる風潮は時代を問わないが、本誌はあえてブームの解像を試みている。テニスルックでくつろぐ二人の写真を表紙にあしらった同年新春号(1月11日号)は、二人と同世代を含む14~25歳の男女に意識調査を行った。ここでも皇太子妃として〝平民出〟の美智子さまが選ばれたことに賛成し、「将来の皇后にふさわしい」という意見が圧倒的だった。ただし記事は、調査中に一度も敬語を聞かなかったと述べつつこう書く。〈男は「同性の皇太子がいい女性をみつけたという感じ」女は「同性で同じランクの美智子さんが、一躍スターの座にのし上がるという、われらの代表者の感じ」で、自己満足をしているのである〉

 敗戦によって一度消えた皇室観をどう新しく作るかは、主権者となった国民自身の宿題でもあった。

 結婚当日の模様を報じた4月26日号に作家の遠藤周作がパレード見物の風景をルポした「日の丸売りのオッサン」という一文が載る。皇太子夫妻が乗る儀装馬車に「ミッチー」と歓声が上がる中、稼ぎを当て込んだ日章旗はまるで売れない。〈トボトボと帰っていく、日の丸売りのオッさんのうしろ姿が本当にあわれであった〉と遠藤は締めている。

(ライター・堀和世)

ほり・かずよ

 1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など

「サンデー毎日1月1・8日合併号」表紙
「サンデー毎日1月1・8日合併号」表紙

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