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中学入試巡り姉妹断絶も 続く「脱知識偏重」の宿題 1923(大正12)年・100年前の「受験戦争」

旧制神戸一中(現神戸高)の入試での口頭試問の様子=1938年3月撮影
旧制神戸一中(現神戸高)の入試での口頭試問の様子=1938年3月撮影

特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/44

 大学入学共通テストが間近に迫り、中高入試も本番を迎える。いよいよ受験シーズンの到来だ。テストでどんな力を、どう測るべきか――入試改革を巡る議論は熱を帯びる一方だが、それこそ答えのない問いだろう。何しろ「受験競争」は100年前からあったのだ。

 ある二人の姉妹がいた。ともに嫁ぎ、子宝にも恵まれた。だが不幸にして妹の夫が早世。幼子4人を連れて実家に戻った妹は肩身の狭い暮らしをした。一方、姉の婚家は裕福だった。妹は姉を妬むようになった。

 姉妹の心に隙間(すきま)風が吹き始めた頃、さらに〝事件〟が起きた。姉の次男と妹の長男が同じ年に同じ中学校への入学を志望したのだ。不測の事態を恐れた親族が互いの譲歩を促したが、二人は全く応じない。果たして姉の子は受かり、妹の子は2年続けて落第した。

 妹はわが子を「ばか」だと姉や親族が陰口をきいていると言ってひがんだ。両家は断絶状態に陥り、姉妹の母親も一方に肩入れできず、交際を控えている――。

 ちょうど1世紀前、前年に創刊された本誌『サンデー毎日』1923(大正12)年2月18日号に載った挿話だ。子どもの受験が親の意地の張り合いになるのは、いつの世も変わらないようだ。一方、時代を感じさせるこんな話もある。〈長男が某中学への落第から父親はやけ酒をのみつづけその結果親戚会議の開催となり、子女の教育不完全との理由のもとに、哀れ母親は遂に離縁となった〉(同号)

 女性差別もはなはだしいが、ともあれ「中等学校入学難」が事の背景にある。

 大まかに言うと、戦前は小学校を終えると成績優秀な児童は男子が中学校(旧制、主に5年制)、女子は高等女学校(4~5年制)に進学した。本誌記事によると、東京市(15区)の小学校を卒業した男子の23%が中学に、女子は25%が高女に入学。現在、東京都区部で入試を経て中学に進む割合と同程度だが、門の狭さは今以上だったようだ。

 例えば東京府立一中(後の都立日比谷高)は1922年度、志願者1236人に対して合格者は202人で、志願者に占める合格者の「歩合」は0・16。競争率に直すと6・1倍だ。私立では開成中の0・15を筆頭に、京華中0・16▽明治中0・16▽麻布中0・19が難関として名前が挙げられている。

 「富士山見なければ落第」迷信も

 受験競争の過熱には当時の教育界からも批判が上がった。同年3月11日号は、中等学校入試が無駄に難しいという小学校側の声を載せる。例えば「陽炎」に読み仮名を付せという問題について〈単にその読み方を記憶しているか否かと検するものとして試験問題には大した価値のあるものではない〉と手厳しい。「脱知識偏重」はセンター試験を共通テストに模様替えした時の理屈でもあったが、要するに100年前からの宿題だということだろう。

 もっとも、子どもを受験に駆り立てたのは小学校自身でもあった。〈学校の名誉のためにも中等学校に入ろうという児童達を集めて入学準備教育をやる様な事にもなるのです〉と本誌2月18日号は書く。東京府知事は16年、小学校に「準備教育」の廃止を命じたが、「補充教育」と名を変えて受験指導は続いたという。〈正規の課程だけでは到底中等学校へ入るなんては夢にも見られない〉(同号)

 一方、高等学校(旧制高校)入試も無論激烈だ。誌面には「高校入学試験準備の策戦計画」「本年度入学試験問題の新傾向」といった見出しが目白押しだ。中には受験の〝迷信〟を集めた記事まである。〈一高(後の東大教養学部)など、上京の途中で富士山を見なければ落第する。だから、受験生は快晴の日を待って汽車に乗る〉(2月4日号)

問 高校試験科目の代数に不等式極大極小が出ますか

答 出ません

 本番が近づくとそんな問答が毎号の誌面に載った。本誌は受験生の質問を受け付ける欄を設け、情報発信した。「入試ならサンデー」は100年続く金看板だ。

(ライター・堀和世)

 ※記事の引用は現代仮名遣い、新字体で表記。必要に応じて内容を一部改変

ほり・かずよ

 1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など

「サンデー毎日1月15・22日合併号」表紙
「サンデー毎日1月15・22日合併号」表紙

 1月4日発売の「サンデー毎日1月15・22日合併号」には、ほかにも「世界は混沌化 寺島実郎の渾身予測 今、私たちはどこにいるのか!」「河合塾・駿台・東進・ベネッセ 国公立・私立44難関大 学科別最終難易度」「NHK大河『どうする家康』が10倍面白くなる! 定説にない家康 ぶっちゃけ歴史対談 本郷和人×ペリー荻野」などの記事を掲載しています。

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