肩が上がらなくても着られる“ケア衣料”という新発想――笈沼清紀さん
ケアウィルCEO 笈沼清紀
「体の不自由」ではなく「服の不自由」に注目し、ケア衣料の形状・素材・着心地を追求する。(聞き手=市川明代・編集部)
障害やケガによって既存の服に不自由を感じている人に、洋服を着る楽しさを味わってもらうことを目標に、ケア衣料の開発・生産をしています。主力のアームスリングケープは、上肢の片まひのほか、亜脱臼、腱板(けんばん)断裂、四十肩などによって腕の上げ下げの際に痛みを感じる人のための、腕を支えるアームスリングとケープを一体化させた商品です。
痛みのある方の腕を内袋に通し、もう片方の手で襟ぐりをつかんで頭からかぶるだけで簡単に着ることができます。裏地に滑りの良い素材を利用しているので、「背中に手を回して後ろ身頃を引っ張る」といった厄介な作業も不要です。
起業のきっかけとなったのは、父の認知症病棟への入院でした。老人ホームにいた頃は、長く洋裁の講師を務める母が着脱しやすいようにアレンジした服でオシャレを楽しんでいた父が、決められた入院着を着るようになって元気をなくしていきました。「本人の尊厳を守りつつ、自立的に生活できる機能を兼ね備えた服を作れないか」と考えるようになりました。
父が亡くなって半年が過ぎた2019年の春、山手線の車内で偶然、東京都主催のビジネスコンテストの中づり広告を見つけ、背中を押されました。理想の入院着を試作してプレゼンし、入賞。テレビ中継を見た、石灰沈着性腱板炎を患う女性から「片手で着られて、楽に袖に腕を通せる服が欲しい」というメールが届き、母と一緒に女性宅に採寸に出向いてオーダーメードの服を作りました。それがケアウィルの第一歩になりました。
20年、新型コロナウイルスによってビジネスモデルの転換を迫られます。採寸のために自宅を訪ねることができなくなったのです。オーダーメードは製作に何日もかかり、採算が取れないという課題もありました。
多くの人が感じる共通の「服の不自由」を見いだせれば、量産できるはず。肩にマヒや傷病を抱える人たちに徹底的にヒアリングをして見えたのは、袖を通す、後ろ身頃を引っ張る、といった作業の難しさでした。腕を支えるのに使う三角巾やアームスリングは、ひもが肩に食い込み、痛みにつながることも分かりました。
試作を重ね、装飾を一切排除して軽量化したアームスリングケープができあがりました。紺とグレーの2色展開で1万4300円(税込み)。アマゾンなどで130着以上売れています。
ビジネス経験が生きる
子どもの頃、父が統合失調症を発症しました。母の負担を減らしたい一心で、日本総研のITコンサル、楽天やJINSの執行役員、KDDIの革新担当部長……とキャリアを重ねてきました。豊富なビジネス経験が、起業後に生きています。
いま量産の準備を進めているのは、洗濯用ネットと脱衣カゴを一体化させた洗濯ネットバッグです。洗濯機の中で絡まった衣類を引っ張ってほどき、カゴに入れて運び、物干し竿(ざお)にかける、という一連の作業がきついという声をもとに開発した商品は、子育て中の女性からも注目されています。
これからも、ケアを必要とする人々が感じる不自由を解消する商品を作り出していきます。
企業概要
事業内容:ケア衣料の開発・販売
本社所在地:東京都豊島区
設立:2019年9月
資本金:50万円
従業員数:2人
週刊エコノミスト2023年1月17日号掲載
挑戦者2023 笈沼清紀 ケアウィルCEO 「洋服の不自由」を解決する