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歌会始から見る「令和」 コロナ、青春、震災… 社会学的皇室ウォッチング!/60 成城大教授・森暢平

1月2日に行われた一般参賀
1月2日に行われた一般参賀

 歌会始を見ていると、平安の和歌の世界にタイムスリップした感覚になる。今年の天皇陛下の歌は「コロナ禍に友と楽器を奏でうる喜び語る生徒らの笑み」だが、「コロナ禍にーーーー」と節を付けずに読む「講師(こうじ)」の音の伸ばし方が独特だし、「発声(はっせい)」「講頌(こうしょう)」と呼ばれる諸役が、歌を繰り返すさまはまるでお経を聞いているよう。長い歴史を持つ伝統文化に見える。しかし、歌会始は明治初めに再興(構築)された近代的な儀式であり、時代を鏡のように映している。

 歌会始は基本的には天皇と皇族、そして華族たちが歌を詠み合ったものだ。天皇以外の歌は天皇に捧(ささ)げられる(詠進)。しかし、1874(明治7)年には、一般人でも詠進が可能になり、その5年後には詠進歌の優れたものが天皇の前で披露されるようになった。国民の参加が当初から期待された近代的なイベントであったのである。

 日露戦争のときには、「つはもの(〔兵〕)にめし(〔召〕)出されしわか(〔我〕)せこ(〔背子〕)はいつこの山に年迎ふらむ」という山梨県の一般女性の歌が、選ばれている。「背子」とは夫のことだ。出征して戦地にいる夫を想いながら、国のためにはそれに耐え忍ばねばならない。そうした規範を、他の女性たちに示している。また、戦前の「お題」は、例えば「雪中梅」のように漢詩的な言葉だった。

 戦後、皇室の民主化の時代になると、斎藤茂吉ら民間の選者、それも現代歌人が登用され、お題も平易な言葉が選ばれるようになる。昭和20年代のお題は、あけぼの、春山、朝雪、若草、朝空……であった。

 1962(昭和37)年になると、一般の人は活字でしか窺(うかが)うことができなかった行事が、テレビとラジオで放送される。67年には新聞歌壇の選者であった宮柊二(しゅうじ)、佐藤佐太郎が選者となり、大衆化はさらに進む。歌会始の詠進者層は、新聞に短歌を投稿する層と重なっていく。大衆化とともに投稿者(この時期以降は、詠進ではなく投稿と呼ぶことにする)のモラルも問われる。63年、「尾根までもつづく草原つらぬきて新幹線の測量旗立つ」という歌が入選したが、盗作であった。

 大衆化の結果、歌会始は、実質的には全国的な短歌コンクールのひとつとも言い得るものとなった。

 明るい歌を求める時代

 平成に29回行われた歌会始の毎年分のお題を振り返ってみると、森、風、空、波、歌、苗、姿、道、青、時、草、春、町、幸、歩み、笑み、月、火、生、光、葉、岸、立、静、本、人、野、語、光。自然を題材にした題が多い。

 このなかで、2004年の「幸」、06年の「笑み」、10年と19年の「光」は、価値中立的である自然とは異なり、単語自体が前向きの意味を含む。投稿歌もポジティブなものであることが期待されただろう。もっとも、新年の宮中で行われる歌会という制限から、病苦や、老いへの抗(あらが)い、家庭の軋轢(あつれき)などリアルな人生を詠む歌は、あまり多くはない。一方、21世紀以降、経済的苦境、国際的地位の低下、相次ぐ災害や疫病など、この国にはあまり良いことがない。高齢化と少子化で、国の活力も削(そ)がれている。そうしたなかで、明るい歌が集まるであろう前向きな題材には時代が反映されている。

 さて、令和である。応募された歌は毎年1万5000首前後であった。篠弘さん、三枝昻之(たかゆき)さん、永田和宏さん、今野寿美(すみ)さん、内藤明さんの5人の歌人が選者を務め(篠さんは昨年12月逝去)、10首の入選歌、10~20首程度の佳作が選ばれる。毎年の歌から時代が反映されている歌を1首ずつ選んでみたい。

 まず、お題が「望」だった20年で紹介したいのは、東京都の保立牧子さん(70)=年齢は当時、以下同=の歌だ。

創薬の望みを託す天空の「きぼう」の軌道に国境はなき

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は国際宇宙ステーションの実験棟「きぼう」で蛋白(たんぱく)質の結晶化実験に取り組んでいる。新薬候補となる新規化合物を探る人類全体のプロジェクトだ。保立さんは、宇宙には国境はないことに希望を託す。しかし、世界ではウクライナ戦争がはじまり、アジア各地でも紛争の火種がくすぶる。人類が手を取り合い、病に打ち勝つ日は来るのかという希望の裏側まで描いている点が秀逸だ。

 お題が「実」の21年では、広島県の山本美和さん(53)の作品が時代をうまく切り取っている。

シールドの向かうの客に釣り渡す架空のやうな現実にゐる

 コロナ禍で、マスク、フェースシールドの着用、パーティション式の透明パネルなど、私たちは「新しい日常」と向き合った。外出者も少なくなり架空の世界のなかで一人歩いているような感覚にも見舞われた。郵便局に勤務する山本さんは感染対策をしながらの窓口業務の様子を描いた。

 中高生作品で活気

 お題が「窓」であった22年では、新潟県の難波來士(らいと)さん(16)の作品がくすっとさせる。

窓の外見たつて答へはわからない少し心が自由になれる

 数学の授業だろうか。友人たちは黙々と答えを書いているが、分からない問題がある。席は窓際で校舎の外を見るが、答えが浮かんでくるわけではない。ただ、授業という苦役から自分が少し解放された気になった。

 難波さんは、東京学館新潟高校の1年生(当時)。同高からは、入選や佳作が続くが、全校対象の短歌講座を実施して、歌会始にトライさせているという。同校に限らず、授業などで短歌をつくらせ、それを歌会始に出してくる学校は少なくない。青春の歌、恋の歌、挑戦の歌……。中高生の作品は、高齢者の投稿が多い歌会始を活気づけている。締め切りが9月30日に設定されているため、夏休みの宿題として出しやすいという事情もあるだろう。

 最後に、お題が「友」であった今年だが、入選ではなくあえて佳作となった作品を紹介したい。

我が畏友ただひと度(たび)の失敗は津波が来ても続けた勤務

 青森県の八戸西高校教諭の田茂博之さん(57)の作品である。東日本大震災発生時、岩手県宮古市でタンクローリーを運転中に犠牲になった友を詠んだ。10代の時のアマチュア無線仲間だという。仕事への使命感が、命を奪った。震災から12年経(た)っても、被災地ではその傷は癒えていない。

もり・ようへい

 成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など

「サンデー毎日2月5日号」表紙
「サンデー毎日2月5日号」表紙

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