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ご夫妻の「激励」はなぜ? 皇宮警察「視閲式」に出席 社会学的皇室ウォッチング!/61 成城大教授・森暢平
天皇ご夫妻は1月20日、皇宮(こうぐう)警察の年頭視閲式に出席した。天皇皇后の出席は初めて。皇宮護衛官を激励し、日ごろの努力をねぎらう気持ちから出席したと報じられているが、私は、皇室報道に対するリスクマネージメント(危機管理対応)の意味が含まれていたと感じた。
視閲式が行われたのは、皇居・東御苑の旧江戸城天守台前広場である。各部隊、警察犬、側衛車両が行進し、それを皇宮警察本部長が巡視した。年頭視閲式の前身となる行事は1968(昭和43)年からあるが、現在の形になったのは85年。その翌年、25歳の大学院生だった天皇陛下(当時浩宮)が出席したことはある。しかし、昭和天皇も、平成の天皇も、この式典に出たことはない。そこに天皇陛下と雅子さまが出席したのである。
そもそも皇宮警察とは何か。天皇・皇族の「護衛」だけでなく、皇居の「警備」にあたる警察庁の付属組織である。「警察官」の仕事と似ているが、官職上は「護衛官」という身分にある。皇宮警察本部は、各県警本部と同格で、定員は950人(うち護衛官は910人)。小さめの県警ほどの規模がある。天皇・皇族が地方訪問するとき、最も近くで守っているのが皇宮護衛官だ。また、皇居や赤坂御用地の各門に立って、入門者のチェックをするのも皇宮警察の仕事になる。
一般の人が、皇宮護衛官を目にすることはあまりない。だから、警視庁のSP(要人警護)部門だと勘違いしている人もいるが、独立した組織である。国家公務員として皇宮警察本部に就職すると、途中で辞めない限り基本的には定年まで護衛官としてのキャリアを過ごす。
皇宮警察には、「警察署」にあたる坂下護衛署、吹上護衛署、赤坂護衛署、京都護衛署の4署がある。このうち京都護衛署は京都御所、桂離宮、修学院離宮などの警備にあたる。また、那須・葉山・須崎の各御用邸、正倉院など、皇宮警察の警備対象は栃木、神奈川、静岡、奈良の各県にも存在する。皇宮警察に就職すると、地方転勤もあるわけだ。
逮捕権もある。昨年6月25日、宮内庁に包丁とともに皇族を批判する手紙がレターパックで送りつけられた事件があった。皇宮警察本部は同29日、愛知県の20代アルバイト男性を威力業務妨害容疑で逮捕した。この男性は、別に包丁20本も宮内庁に送りつけていた。
ただ、皇宮警察本部に留置施設はなく、事件を立件するのはまれだ。よくあるのは酔っぱらうなどして皇居に侵入してしまう者への警戒だ。2020年5月26日、男性が桜田門近くのお濠(ほり)を泳いで渡り、皇居内に侵入した事件があった。全身濡(ぬ)れた服を着ている男性が皇居内を歩いていたため皇宮護衛官が現行犯逮捕した。
極秘デートへの抗議
戦前、皇宮警察は宮内省の一部門であった。敗戦で宮内省は機構を縮小する必要があり、皇室の護衛業務は警察(当初は旧内務省)に移管された。一般に、もともと一つの組織が分かれると微妙な関係になることがある。宮内庁と皇宮警察にもそうした側面があるのは否めず、情報共有がうまくいかないこともある。
例えば、天皇・皇族が「お忍び」で出掛けるときがあげられる。正式な行事ではないため、直前に決まることも珍しくはない。一方、皇宮警察は急な「お出まし」でも対応する必要がある。その際、情報を早めに入手していないと人の手配が簡単ではない。そこで、「お出まし」情報はなるべく早く宮内庁からもらいたいのだが、そうはいかないこともある。だから御所への人の出入り、侍従、女官などの人の動きを見ながら、情報を分析している。
皇宮警察が、宮内庁にやられてしまったのは、31年前の「鴨場のデート」のときであった。1992年10月3日、当時の皇太子さまと小和田雅子さんは、千葉県市川市の宮内庁新浜鴨場で密会した。午前9時すぎ、2台の車が赤坂御用地の門を出門した。前方を走るワゴン車は、内舎人(うどねり)と呼ばれる宮内庁職員が、後続の乗用車には山下和夫東宮侍従長が運転する。皇宮護衛官はてっきり東宮侍従長が私的にどこかへ行くのだと思ったが、実はワゴン車の後部に皇太子が隠れていた。鴨場で待つ雅子さんとのデートのためであった。情報漏洩(ろうえい)を警戒した宮内庁が、皇宮警察をも欺く形となったのだ。皇宮警察に気が付かれなければ、ましてやマスメディアにも情報は漏れない。
この出来事を巡っては、皇宮警察本部が宮内庁に抗議をしている。護衛官がまったく付かない形での皇太子の外出は例がなく、皇宮警察としての責任は果たせないというわけである。
皇宮警察にとってはやはり天皇・皇族の身辺を守る護衛業務が最も重要である。歴史を振り返れば、戦前には23(大正12)年の虎ノ門事件、戦後でも75(昭和50)年の沖縄ひめゆりの塔事件と皇室を狙う事案が起きている。万が一、何かあっても天皇・皇族を守る最後の盾とならねばならず、失敗は絶対に許されない。一方で、皇室は国民とのふれあいを重視しているから、護衛にはソフトさが求められる。そこにはひとかたならぬ苦労があろう。
皇室報道への危機管理
そんな皇宮警察が一昨年、昨年と週刊誌の批判のターゲットになった。まずは『週刊文春』、続いて『週刊新潮』である。とくに『週刊新潮』は激烈で、「(皇宮護衛官が)皇族を罵倒」「庁舎で酒を飲んでボヤ騒ぎ」などと書いた。皇宮警察の内部を知り、かつ悪意を持った人物がニュースソースであることは容易に想像できる。敵対感情をもとにした一方的な主張が含まれているように私には読めた。皇宮護衛官が皇族の悪口を言っているという記事を読みショックを受けた皇族がいると続報を書いた女性誌もあった。
天皇ご夫妻が、皇宮警察の重要な儀式である年頭視閲式に出席したことは、皇室と皇宮警察の間にぎくしゃくした関係があるという見方を否定する意味もあっただろう。皇室は皇宮警察を信頼しているというメッセージである。真偽不明の週刊誌報道に対し、皇室としての姿勢を示し、これ以上の臆測を広げないリスクマネージメントであったと私は考える。
もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など