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繰り返す「東郷人気」と幼き「戦争観」の狭間で 1944(昭和19)年・日露戦争「回顧」

旅順要塞を砲撃する日本軍(1904年10月撮影)
旅順要塞を砲撃する日本軍(1904年10月撮影)

特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/48

 20世紀初頭、日本は旧満州と朝鮮半島の権益を巡ってロシアと戦った。対列強勝利の立役者の一人が、連合艦隊司令長官として日本海海戦を制した東郷平八郎元帥だ。その〝東郷人気〟と日露戦争の記憶は、戦前の誌面に盛んに取り上げられ、国民の戦意を鼓舞した。

 芥川龍之介の無二の友として知られた画家の小穴隆一(おあなりゅういち)が、面白いエピソードを紹介している。〈先日、日露戦争当時は、やはり第二の国民であった一人の現役の軍人さんを始めて訪ねたが、日露戦争時代の話が出た(中略)その軍人さんのところのお年寄りが、「此頃は、号外々々と売りにくるようだが、なんだか、一つ買って食べてみようじゃないか」と言ったとか〉

 明治憲法発布(1889年)を機に盛んになったとされる新聞各社の〝号外合戦〟は日露戦争で最高潮に達した。毎日新聞社の前身である大阪毎日新聞(大毎)は1904(明治37)年2月の開戦から翌年9月の終戦(ポーツマス条約締結)まで1年7カ月で498回の号外を発行した。配布を知らせる〝鈴の音〟はよほど耳に付いたことだろう。

 小穴の一文は題字が「週刊毎日」に変更されていた頃の本誌こと『サンデー毎日』44(昭和19)年4月2日号に載った。本誌創刊は22(大正11)年だから、むろん日露戦争を報じていない。ただ、アジアの小国が一致団結し、軍事力ではるかに勝る列強の一角を崩したという物語は、戦前を通して好んで誌面化された。

 中でも目立つのが、バルチック艦隊を撃破した日本海海戦(05年5月27~28日)と、司令長官として連合艦隊を率いた東郷平八郎元帥をたたえる記事だ。29年5月26日号は戦勝25年目を記念し、旗艦「三笠」の砲衛長だった安保清種大将の回想録を掲載した。〈号令一下、三笠は恰も、蒼隼の翔鶴を搏つが如き勢いを以って遽かに艦首を急転し、まっしぐらに東航、敵の先頭を圧したのである〉とは、東郷長官が敢行した捨て身の敵前大回頭、世にいう「東郷ターン」の名場面だ。

 同号は併せて評伝「東郷元帥ものがたり」の連載を開始、寡黙ながら人をそらさない「東郷さん」の素顔を描こうとも試みている。

 「明治」に寄りかかった戦意高揚

 もっとも、日本海海戦は想定外の勝利ではあった。05年5月30日付の大毎は社説で〈この全勝に対してただ「意外」の二字をもってするほかに別辞を有せず〉と書いた。日露戦争自体、「連戦連勝」を伝える号外の乱舞をよそに、05年3月に満州の奉天(現瀋陽)を占領するまでに22万人の死傷者を出し、露軍を攻め倒す力は残っていなかった。

 実際、本誌35年3月10日号に「日露戦役三十周年を迎えて」と題して寄稿した荒木貞夫陸軍大将は〈常に偶然的な天佑によって助けられた〉と正直に述べている。半面、荒木はその偶然を「日本の国体の有難さ」に求め、〈この天幇こそは国体の神秘の上に働いた日本民族、日本軍隊なればこそ与えられたものです〉と檄文(げきぶん)をつづった。折しも美濃部達吉の天皇機関説が右翼に攻撃され、「国体明徴」が叫ばれ始めた頃である。

 ところで、冒頭に挙げた小穴の一文には「日露役当時の児童の敵愾心」と見出しが付いている。日露戦争当時、子どもたち(小穴いわく「第二の国民」と呼ばれた)が、前線の兵士に送られた「慰問帖」に寄せた作文を拾い上げた記事だ。

〈今は、いくさでありまして、みんな兵隊さんがロシアと戦って、みんなロシアの兵隊を、ころして、ロシアの大きな国をとって下さい〉とは、尋常高等小学校4年の女子児童がしたためた一節だ。派手な報道合戦が銃後にどんな戦争観を与えたのかがうかがえる。

 明治の記憶に寄りかかって戦意高揚を図る誌面作りには違いない。が、すでに太平洋戦争は要衝とされたサイパンの陥落(44年7月)も目前の状況だった。

 小穴は「露兵の首をおみやげにもってきて下さい」と兵士にねだる子どもの筆を、淡々と引いている。

(ライター・堀和世)

 ※記事の引用は現代仮名遣い、新字体で表記

ほり・かずよ

 1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など

「サンデー毎日2月19・26日合併号」表紙
「サンデー毎日2月19・26日合併号」表紙

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