週刊エコノミスト Online サンデー毎日
米米CLUBの金子隆博さん 「難病」からの再生の道 朝ドラ「カムカムエヴリバディ」の音楽担当
ブームとなったNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」の音楽担当、米米CLUBの金子隆博さんの自伝的エッセーが評判だ。サックスプレーヤーとしてデビューし、順風満帆の音楽生活は難病で一変……。自らの人生を振り返りながら著書を語っていただいた。
▼自分のヒストリーを振り返ると、当時の心情も思い出す
▼原因不明の不調が4年も続いた
▼僕の人生は、常に人に助けられてきた
――初の著書のご執筆はいかがでしたか?
人生で初めて一冊分の文章を書くことにチャレンジしましたが、正直言うととんでもなく大変でした。超多忙な時期だったので、編集者さんのサポートと励ましがなかったら、書き通せなかったと思います。
――音楽制作と執筆では勝手が違いましたか?
音楽だったらデモテープを作ってアレンジをして、音をつけて、トラックダウンして、マスタリングして……と、どの段階でも俯瞰(ふかん)で見て、微調整していくことができます。20代の頃からやってきているわけだから。たとえばちょっとしっくりこないから、ガラっと変えてしまえ! という大胆な変更さえすることもあります。でも、文章に対してはノウハウがまるでないので、全体感を見ようと思って読み直しているのに、細かい部分が気になってしまったり、別のことを足したくなってしまったり、道を逸(そ)れてばかりでした。もの作りの作業そのものは好きなので、書くことでイマジネーションはどんどん広がっていく。でもそのとっちらかったものを集約するのに苦労しました。
――金子さんの人柄が行間からこぼれ落ちているという読者の方からの声も多くあるようですが。
おそらく細かい言い回しがどうのというわけではないんでしょうね。ディテールの積み上げで、最終的にこの一冊全体から、今の金子像がぼんやりとでも立ち上がってきているのであれば、とても嬉(うれ)しいです。
――ご自身の人生を振り返ることで改めて何か感じるものはありましたか?
僕は幸いにして米米CLUBとしてデビューしてから30年以上、転職もせずに同じ業界でやってくることができました。どんな作品に携わったかなど、自分がやってきたことはよく覚えていますが、今回自分のヒストリーを振り返ることで、その周辺にあった心情のようなものも思い出すことができたんです。これはとても貴重なことでした。
曲を作る時には確かに一人かもしれないけれど、音楽というものは演奏してくれる人がいなければ伝えることができません。たとえば50人編成のオーケストラだったとしても、「誰かオーボエ奏者で優秀な人をお願いします」というやり方は僕はしていません。あの人の音が好きだから、ぜひ参加してほしいとお願いをします。大編成のオーケストラでも好きな音の集合で出来上がっているんです。スコアだけ良くても良い作品になるわけではない。執筆しながら、作品作りを共にしてきた一人ひとりの顔が浮かんできて、僕の人生は常に人に助けられてきたなあと思いました。
――局所性ジストニアというご自身の病気のことにも触れられていますが。
発病した時の状況、そして4年の歳月を経て病名が判明したこと、その時の気持ちなども掘り起こしたわけですが、そこでもやはり周囲の人たちの支えが大きかったと改めて感じました。学生時代からずっと傍らにあったサックスを取り上げられてしまった僕が音楽を今も続けていられるのは、バンドのメンバーをはじめ、仲間たちがサックスが吹けない金子でも必要としてくれたから。そんな思いが僕を奮い立たせてくれる大きな原動力になったんです。
――本書はそうしたお仲間へ向けてのラブレターのようにも感じられました。
そうかもしれません。ふだんは恥ずかしくて、なかなか口にできませんから。NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」に関わった人たちも僕にとっては一つのバンドでした。チーフ演出の安達もじりさんをリーダーとして、脚本の藤本有紀さんはもちろん、スタッフの皆さんがそれぞれの〝楽器〟を見事に演奏されていました。安達組と出会えたことは、僕にとって大きな宝です。
実は3月30日に岡山で「カムカムエヴリバディ」の1周年コンサートをNHKが企画しています。ドラマの時は、僕が作った劇中音楽を音楽担当の方が映像に付けてくれていましたが、今度は誰もやってくれないから、僕がやります(笑)。3人のヒロインそれぞれで各8分くらいのメドレーを作ろうと思っています。骨の折れる作業ですが、それもまた楽しいですよ。そのメドレーに合わせて映像を編集し直してくれるというので、音楽版ディレクターズカットみたいになればいいなと思っています。
うまく表現できたら気持ちいい
――著書の中では言葉の面白さを改めて感じることができたと書かれていますが。
文章って映像よりも制約がないから、自由度が高いですよね。そこがとても面白いし、自分の言いたいことをうまく表現できた瞬間の気持ち良さも知りました。僕は文章に関しては素人で、そんな瞬間はなかなか来ないんですけれどね。
でも今回はあまり触れていない20代の中盤から40代の頭くらいの時代を書いたら、ドロドロの恨み節みたいになってしまうかもしれないな。
――「日向」ではなくなってしまいますか?
でも日陰がないと日向も存在し得ないですからね。そんなドロドロな文章だったら、どんなタイトルがいいかな。「日向の道のその下に……」とか、どうだろう。
――ミステリー小説のようになりそうです。
そうだ、参考までにお伝えしておくと、ドラマや映画でコミカルなシーンなのにちょっと緊張感が漂う劇中音楽が流れてきたら、何か事件が起こる予兆だから、要注意ですよ!
――音楽だけでなく、ご著書でも次回作を楽しみにしています。
何部売れたら、次、出してもらえるのかなあ(笑)。
(取材・文/橋本裕子)
かねこ・たかひろ
作曲家、プロデューサー、指揮者。1964年東京生まれ。学生時代から米米CLUBなどのバンド活動を開始し、1985年にデビュー。1994年には映画「河童」の音楽を手がけ、日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞。映画やコマーシャルなどの音楽を担当し、2021年度後期NHK連続ドラマ小説「カムカムエヴリバディ」で音楽を担当
金子さん初の著書『日向の道をまっすぐ行こう』の発刊を記念して、2月17日(金)19時からSHIBUYA TSUTAYAにてミニトークショー&サイン会を行います(事前予約制)。お問い合わせは毎日新聞出版営業部(03-6265-6941)まで