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「合格実績」上位校に見る海外大学受験の〝今〟 近年人気は「マレーシア」 「好き」「得意」が選択肢に
大学入学共通テストの実施とともに、日本の受験の暦でいえば「2023年度入試(23年4月入学)」が本格化している。ただ、大学を目指すといっても国内とは限らない。そこで、海外大学に多くの合格者や進学者を出している高校に「今」を聞いた。
高校で広がる「IB認定」
コロナ禍や為替変動の壁に直面しながらも、海外で学びたい高校生たちの熱は冷めていないようだ。
「世界を目指す生徒たちは一時的な世の中の動きよりも、数年かけて定めた自分の目標を貫く姿勢でいます。若い勢いを感じています」
こう話すのは、広尾学園(東京)でインターナショナルコースの統括長を務める植松久恵氏だ。本誌は14年から毎夏、大学通信と協力して全国の進学校へのアンケートなどによる海外名門大への合格実績を報じている。同校は21、22年と合格者数で首位だった。
同校の海外大合格者数(以下、合格者数はいずれも延べ)は、21年3月卒が218人、22年3月卒で180人だった。内訳を見ると、英教育専門誌『タイムズ・ハイヤー・エデュケーション』発表の23年版世界大学ランキングで上位の米国のハーバード大(2位)、カリフォルニア大バークレー校(8位)、エール大(9位)にも合格者を出している。
海外大進学者が多いインターナショナルコースは約8割の授業が英語で行われ、高校2年時からはAP(アドバンスト・プレイスメント)というプログラムを複数科目で選択できる。APとは大学1、2年の教養課程で学ぶレベルの内容で、取得すれば米国や英国の進学に有利に働くそうだ。
「AP自体は米国の制度で、日本で採用する学校は少なく、あまり知られていないように感じます。微分積分、経済学、世界史、物理など科目ごとのAPがあり、取っておくと学力の証明になります。米国の大学では入学後に単位として認められるのです」(植松氏)
偏差値にとらわれず広がる生徒の可能性
また、世界各国から年間約200の大学が来校したり、海外大に通う卒業生が帰国時に説明会を開いたりと、在校生が情報を得る機会を頻繁に設けている。毎年、希望制で米国へ大学見学ツアーも行っている。
「10年前から海外進学のサポートに本格的に取り組み始めました。帰国生徒も多く通う本校ですが、元々は海外大を目指す生徒は少なかった。それで『海外大も選択肢の天秤(てんびん)に掛けられるように』と積極的に情報提供をするようにしました。時代の流れとともに、徐々に志望者が増えていったという流れです」(同)
渋谷教育学園幕張(千葉)は22年3月卒で海外大に36人が合格した。合格校には23年度版の世界大学ランキングで上位のエール大やペンシルベニア大(14位、米国)が名を連ねる。同校はここ10年、東大の高校別合格者ランキングでも常にトップ10に入っている。
同校は17年から海外大進学をサポートする英語ネーティブのカウンセラーを配置。それ以前は、英語の担当教諭が授業を持ちながら進学相談も担当していたが、海外志望者の増加に伴って専任化したという。APも採用している。
海外大の入試は、筆記試験がない場合がほとんどで、合否判断は入学願書や高校の成績証明書、推薦状、米国の大学進学希望者を対象とした共通試験「SAT」などの指定された試験のスコアによる書類審査がメインとなる。
「海外と日本では受験システムが大きく異なるので、日常的なサポートが大切になります。日本の大学のように点数だけで決まるのではなく、『なぜ、その大学を志望するのか』という点をきちんと説明する必要があり、『どのような人間なのか』『社会にどんな貢献がしたいのか』という点も見られます」
こう解説するのは田村聡明校長だ。同校は1983年の開校当初から帰国生を積極的に受け入れ、教育目標に「国際人としての資質を養う」を掲げてグローバル教育に注力してきた。
また、同校の特色の一つが習熟度別などによるクラス分けがない点が挙げられる。田村氏はこう語る。
「いろんな生徒で構成し、交流するのが『クラス』の意味だと考えています。帰国生との触れ合いによって刺激を受け、海外経験のない生徒が海外に興味を持つきっかけにもなっています」
女子校の北豊島(東京)も近年、多くの海外大合格者を輩出している。2022年3月卒では米国、英国、カナダなどの大学に73人が合格。2年連続で海外大への合格者数が70人を超えた。
同校が各学年1クラスを設ける国際英語コースは、ネーティブ教員が担任を務める。クラスは最大25人で日常から英語を「話す」を鍛えるとともに、独自のeラーニングシステムも活用して「読む」「書く」「聞く」を身に付けていく。
塩川広之AO室長は「卒業までに英検準1級想定の英語力を目指しています。日常会話レベルをしっかりと習得しますし、聞く力はかなり高いレベルまで到達しています」と語る。留学プログラムも短期から長期まで数種類を用意。フィリピンへの7泊8日の短期留学は毎日朝8時から夕方6時まで徹底的に英語を学ぶ。昨年も同コースの生徒全員が参加したという。
塩川氏は海外大を視野に入れる意義をこう語る。
「国内の大学だけに目を向けると、どうしても東大をトップとした偏差値などの大学評価の中だけで志望校を選んでしまう可能性があります。進路を世界規模で捉えることで生徒たちの可能性が大きく広がるはずです」
また、生徒たちの「好き」や「得意」に沿った進路の選択肢も広げられるという。「例えば、フラ(ダンス)に熱心に取り組んでいた生徒が、『本場でもっと頑張りたい』と米国のハワイ大へ進学しました。日本だとあまり大学ランキングの上位には入らない服飾分野で、海外の上位校に合格した生徒もいます。キャリアを形成していく上でも海外も含めて考えると多様な選択肢が出てきます」(塩川氏)
国際バカロレア認定 海外大挑戦で強みに
海外大で合格実績を上げている学校は首都圏だけではない。立命館宇治(京都)は22年3月卒で74人が合格。内訳は世界大学ランク上位のカリフォルニア工科大(6位、米国)やインペリアル・カレッジ・ロンドン(10位、英国)のほか、オーストラリアやニュージーランド、カナダなどの大学にも合格者を出している。
同校は国際的な大学入学資格を得られる国際バカロレア(IB)認定校だ。IB認定校は世界160以上の国・地域に約5500校(22年6月末時点)あり、国内でも設置が進むが、同校は09年に関西初、国内のインターナショナルスクール以外では3校目となるIB校認定を受けた。IBコースは日本と海外の両方の高校卒業資格を得られるダブルディプロマ制度を敷く。
同校全体では中学・高校の生徒のうち約20%を帰国生が占める。で、教員陣も米国やカナダ、オーストラリアなど海外11カ国の出身の教員が35人在籍する。国際色豊かな環境を望んで入学する生徒も多いという。
22年3月卒では合格者のうち18人が実際に海外大へ進んだ。IBコースキャリアカウンセラーのブルックス・ジョナサン教諭は海外大への進学状況をこう説明する。
「例年、約30人のIBコースの生徒のうち、半分くらいが海外大へ進学します。米国や英国が中心ですが、昨年に関して言えば、為替の円安ドル高の影響は非常に大きく、米国の大学の志望者が少なくなり、その代わりにカナダやオーストラリアが増えました」
また、ブルックス氏は「本校のIBコースでは文系だけでなく理系科目を充実させており、海外大の理系の学部への進学も一定数います。22年3月卒は海外大進学者のうち約半数が理系でした」と強調する。
通信制でも海外大の合格者で実績を上げている学校がある。N高(沖縄)は20年卒の合格者数は12人だったが、22年卒は82人に大きく増えた。同校は19年に留学課を設置。当初は短期留学のサポートが主な目的だったが、生徒からの要望を受け、海外大進学の支援も積極的に行っている。
「〝インターネットの高校〟で自由に使える時間が多いという点で、海外大進学と親和性が高いと感じています。英語学習に重点を置いたり、課外活動に力を入れられたりします。海外大の受験では、カリキュラムの成績とは別に主体的な活動が評価されます」(留学課)
20年からは毎月1~3回の海外大進学に関するセミナーをオンラインで開催。各国の大学の特徴、出願方法、奨学金制度などさまざまな情報を生徒・保護者に伝えている。セミナーをはじめとしたサポートを職員のカウンセラーが担う。
「高い専門性があるサポートは提携エージェントに依頼しますが、それ以外は職員が担当しています。支援の『内製化』は生徒のニーズをくみ取り、すぐに情報提供できる点で強みだと思います。セミナーはその都度アンケートを取り、生徒や保護者が聞きたいことに応える形でテーマを練っています」(同)
近年人気なのはマレーシアの大学だという。22年卒の合格者数は米国の35人に次いでマレーシアの19人が多かったが、進学者数は同校が把握する限りマレーシアが12人で、米国の7人を逆転した。
「マレーシアは英語が準公用語で大学の学費も安い。欧米の半分以下という場合もある。加えて英国のノッティンガム大やレディング大、オーストラリアのモナシュ大といった有名校のキャンパスがマレーシアにもある。そういうところを狙う生徒は多い」(同)
今後、世界の大学を目指す高校生は増えるのだろうか。教育ジャーナリストの小林哲夫氏はこう読む。
「結論から言えば、海外大進学者はそんなに増えていないです。10年以上前から『東大よりハーバードだ』などと言われてきて、海外トップ大進学塾が人気になったり、海外大が注目されたりしていることは確かです。ただ、とにかく受験のハードルが高い。特にトップ校に入るには本当に高い能力が必要になりますから」
地方からハーバード 縮まる情報の「格差」
さらにハードルを高めているのがお金の問題だ。負担は国内進学に比べて非常に大きい場合が多い。ただ、奨学金制度は増えつつあり、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長による「孫正義育英財団」、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が理事長を務める「柳井正財団」など、選考に通れば返済義務のない奨学金もあるという。
「オンラインで海外大情報が手に入れられる時代です。21年には茨城県立の日立第一からハーバード大への進学者が出ています。地方でも公立であっても、志望者にとって学校間や情報の格差はそれほどないと思います。熱意のある生徒は自分で『何が必要なのか』を調べて壁をクリアしていくでしょう」(小林氏)
ハードルの一つだったコロナ禍もようやく「出口」が見えつつある。世界を目指す熱意のある若者に、門戸は常に開かれている。
(ライター・一ノ瀬伸)