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朝鮮戦争の「掃海」で殉職 〝極秘〟にされた21歳の死 1950(昭和25)年・〝最後の戦死者〟

1962年4月1日号の本誌記事
1962年4月1日号の本誌記事

特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/54

「専守防衛」の国是が揺らいでいる。その軍事力増強議論の渦中にある自衛隊がいまだ発足していない1950(昭和25)年、米軍指揮下で機雷除去という〝戦闘行為〟を命じられた海上保安庁の掃海隊員が殉職した。平和憲法施行後の「戦死者」は厳重に封印された。

〈ある夫人の如きは、赤ん坊を抱いて駆けつけてきて(中略)「どうしても行くと言うのなら、この子を海に捨て、私も死にますッ」と悲痛な声で息巻いて手こずらしている夫人もいた〉

 家族の緊迫した場面を描く筆の主は、海上保安庁第5管区海上保安本部で航路啓開部長を務めた能勢省吾氏だ。78(昭和53)年の手記「朝鮮戦争に出動した日本特別掃海隊」にある一文である。能勢氏は50年10月、第2掃海隊指揮官として朝鮮半島東岸、元山(ウォンサン)沖の掃海業務に従事した。「掃海」とは海中に仕掛けられた機雷を掃海艇と呼ばれる船で捜索、除去する作業だ。

 同年6月、北朝鮮軍が北緯38度線を越えて南侵し、朝鮮戦争が始まった。国連軍の主力である米軍は元山上陸を図ったが、付近海域にある機雷が障害だった。そこで白羽の矢が立ったのが、占領下にあった日本の海上保安庁の掃海部隊だ。

 3年前に戦争放棄を定めた日本国憲法が施行されていた。戦域の掃海は戦闘行為である。「日本特別掃海隊」は吉田茂首相の了解を経て極秘に編成された。冒頭のやりとりは夫が戦地に向かうと漏れ聞き、岸壁に駆けつけた妻たちが船を降りてと叫ぶ一コマだ。そんな場面は見なかったとする証言(城内康伸『昭和二十五年 最後の戦死者』)もあるが、隊員自身も複雑な思いだったのは確かだろう。

 掃海隊派遣を「秘話」として伝える本誌『サンデー毎日』62年4月1日号の記事で、能勢氏はこう回想している。〈もし仕事が私たちに許された限度を越えるものだったら、みんなと帰国しようと思いました。艇長たちも不安だったようで、出港前になんども会議を開きました。が結局、まあ行ってみてからのことだ、ということになりました〉

 10月8日、能勢氏が率いる2番隊が下関から出動した。掃海は38度線以南、戦闘が行われない港湾に限るとされていた。だが米軍指揮下で掃海した元山沖は38度線の北、砲弾が飛び交う戦場だった。そして同17日、一隻の掃海艇が機雷に触れ沈没。21歳の中谷坂太郎さんが死亡(行方不明)し、18人が重軽傷を負った。

 掃海継続に反対する声が沸騰した。能勢氏は配下の3隻を連れ、帰国を決断した。自らは元海軍中佐、掃海隊員も全て元軍人だけに持ち場を離れる重みは承知の上だろう。〈人の命をもうこれ以上失いたくない、そんな気持でいっぱいだった〉(本誌同号)という能勢氏は帰国後、艇長3人とともに職を解かれた。

 白木の箱「特攻隊とかわらない」

 中谷さんの死は掃海隊の戦地派遣も含めて公にされなかった。前掲『昭和二十五年 最後の戦死者』によると、遺族を訪ねた米軍将校は「瀬戸内海で殉職したことにしてくれないか」と求めたという。54年1月、国連軍司令官だった米国のマッカーサー元帥が元山上陸作戦で日本の掃海艇使用を認めたという報道をもとに国会で追及された吉田首相は「私には現在記憶がございません」と白を切った。

 講和条約を締結して「独立」を果たそうとする政府に派遣を拒む選択肢はなかった。経緯が明らかになったのは、当時の海上保安庁長官だった大久保武雄氏が78年、回想録『海鳴りの日々』を著したのがきっかけだ。中谷さんは79年、国から戦没者叙勲を受けた。

 本誌記事は同書や前出の能勢氏手記など資料がそろわない中で〝抹殺〟された挿話として書かれた。改めて読み直すと事実と異なる記述もある。それでも、遺骨の代わりに写真が一葉入った白木の箱を開けて〈まるで戦時中の特攻隊員とかわらないじゃないか〉と思ったという犠牲者遺族のつぶやきは、今なお生々しい肉声として伝わってくる。

(ライター・堀和世)

ほり・かずよ

 1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など

「サンデー毎日4月9日増大号」表紙
「サンデー毎日4月9日増大号」表紙

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