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悲壮さ漂う文豪の「賛歌」と「竹槍事件」記者の達観 1944(昭和19)年・神風特攻隊の出撃

ルソン島の基地を出撃する神風特攻隊
ルソン島の基地を出撃する神風特攻隊

特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/56

 太平洋戦争末期の1944(昭和19)年10月、フィリピン・レイテ沖海戦で「神風特別攻撃隊」が出撃した。もとより生きて帰ることが許されない〝特攻〟に身を投じた若者を当時の誌面は「神鷲」と呼びたたえたが、その多弁をもって語られなかったものは何か。

「週刊毎日」と改題中だった戦中の本誌『サンデー毎日』に作家の武者小路実篤が感情を高ぶらせた一文をつづっている。〈後世になって今日のことが回顧される時、人々は感激して思うであろう。あの大変な戦争の時にそれを勝利に導いた人々は誰々であるか、その人々のために、われわれはこの美しき日本に、日本人として生きていることが出来るのだ。それは誰のおかげだ〉(44年11月26日号)

 記事の見出しは「特攻隊を讃えて」だ。同年10月25日、関行男大尉(当時23歳)率いる神風特別攻撃隊「敷島隊」がフィリピン・ルソン島の基地から出撃した。終戦までに約4000人が戦死した航空特攻の皮切りだ。武者小路は2ページ弱の文章中、何度も「大変な戦争」と繰り返し、特攻隊員の「崇高な精神」を褒めるのに大わらわだ。〈大変な戦争である。しかしそれ等(ら)の人の精神がわかったら、敵も頭をさげて降参していいのではないかと思う〉

 そんなことがあるはずはない。爆弾もろとも敵艦に体当たりする〝十死零生〟の作戦は戦況の行き詰まりを肌で知るはずの銃後をして絶句させ、そしてくだくだしい賛歌を合唱させた。

 翌年の本誌1月14日号は報道班員として海軍に従軍した『毎日新聞』記者らの座談会「神風特別攻撃隊と共に」を載せた。敷島隊を見送る上官の様子を藤野克夫記者がこう語る。〈手がふるえていたとかいう表現では迚(とて)も表わせないもので、とにかく顔を皺(しわ)くちゃにして目玉だけじっと見開いてそうして「たのむぞ」「しっかり」「しっかり」といって激励しておったのです〉

 半ば言葉を失う〝生き残る側〟に対し、出撃していく隊員の姿は藤野記者の目に「淡々としていた」と映った。その印象は特攻を間近で取材した者に共通しているようだ。座談会ではこんなやり取りがある。

【藤野】死ぬとか生きるとかいっているのは新聞記者だけということだね。

【新名】死生観を決めて戦争するのでなくて死生等というものはもう初めから念頭にないんだよ。(中略)人間が生きるとか死ぬるということはもはや問題ではない。

 ちなみに「新名」とは毎日の新名(しんみょう)丈夫記者、44年2月に書いた新聞記事の見出し「竹槍(たけやり)では間に合わぬ」が東条英機首相を激怒させ陸軍に懲罰召集された「竹槍事件」の主人公である。

 曖昧な生死の「境目」に宿る〝罪〟

 その陸軍も航空特攻をやった。同21日号に「陸軍特攻隊の出撃を見送りて」と題した座談会が載る。報道班員として内地の基地で特攻隊員と起居をともにした作家の武田麟太郎がこう話す。〈冗談をいう、煙草(たばこ)をくれる、神様の煙草を貰(もら)っては済まんですね、と冗談をいうと、いやナニ死ぬまで吸い切れぬほど煙草を持っておるから、というんです。死ぬということをそういう時にフイと思い出す。(中略)その他は平常と何も変りがなくて、発進のその前の日まで練習をして、猛烈にやっておるんです〉

 武田もまた特攻隊員を生死を超越した存在と捉え、〈俺達は駄目だ、もう根本的に人間の質が違うんだ、という風に思いました〉と語る。彼らの瞳に〝無私〟を見たのは偽りではないはずだ。だが、そうやって生と死の境目を曖昧にすることは、若者を特攻に差し出す罪の意識を薄めるための発明なのではないか。

 44年11月26日号に武者小路とともに寄稿した作家の久保田万太郎は〈特別攻撃隊のわかき勇士たちに対して、いま、われわれのつつしむべきは〝饒舌(じょうぜつ)〟である。そして、いま、その神のごとき死に対して、われわれに許されている方法は〝感謝〟だけである〉とつづる。

 言葉は何と無力だったか。

(ライター・堀和世)

※記事の引用は現代仮名遣い・新字体で表記

ほり・かずよ

 1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など

「サンデー毎日4月30日増大号」表紙
「サンデー毎日4月30日増大号」表紙

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