教養・歴史書評

注目を集める新興国の変容と動向をパターン別に詳細分析 評者・上川孝夫

『新興国は世界を変えるか 29ヵ国の経済・民主化・軍事行動』

著者 恒川惠市(東京大学名誉教授)

中公新書 946円

 現在ほど新興国に関心が集まっている時はないだろう。米国との覇権争いを続ける中国、ウクライナ侵攻を強行したロシア、世界の成長センターに躍り出そうなインドなど、話題に事欠かない。本書は、存在感を増す新興国を正面から取り上げて分析した力作であり、GDP(国内総生産)の動向を基準に、世界29カ国を対象としている。

 新興国は、工業化や資源の輸出により顕著な成長を遂げた国だが、その半面、先進国並みの高所得国になっても、中所得国に逆戻りしたアルゼンチンのような例や、中所得国のまま長期に停滞する「中所得国の罠(わな)」と呼ばれる問題がある。今日、新興国は、研究開発活動の強化や人材育成の高度化という課題を抱えていると指摘する。

 その一方で、多くの新興国では、「社会福祉国家」の整備が新たな課題となった。新興国の所得は確かに向上したが、公的な社会福祉の拡充を求める圧力も強まった。例えば、中南米では、市場経済化が、福祉削減による社会不安を高めたため、貧困層向けの政策などが拡充されたという。アジアの「開発主義的」福祉体制も含めて、各地域の歴史を踏まえた説明は参考になろう。

 経済・社会の変化とともに、新興国の政治体制の変動に触れた箇所も関心を引く。新興国では全体として、1980年代以降、権威主義体制から民主主義体制への転換が進んだが、21世紀になって民主化のペースが鈍化し、2010年代は再び権威主義体制に陥った国が多い。本書では、これら二つの政治体制を定義するとともに、その変動要因を、国民の要求、社会の管理統制、体制正当化の力などの面から検討している。

 さらに著者は、この体制変動を、国別に分類して、民主主義体制が長期に持続している「インド型」、権威主義体制が長期に維持されている「ベトナム型」、民主化へ動いた後に再び権威主義化した「タイ型」など、六つのパターンを示している。「強いロシア」の再建を唱えるプーチン大統領は、一度は民主化への道を歩み始めたロシアを再び権威主義化へと進めた。エルドアン大統領のトルコも、急速に権威主義化した国である。

 世界秩序との関係では、最大の新興国である中国がカギを握るとし、中露関係にも触れつつ、当面は米国主導の秩序とのせめぎあいが続くと予測している。他の新興国は、この「二つの世界」の競争を利用しながら、自らの利益を追求すると見る。データや理論を駆使して、新興国の全体像に迫った貴重な書物である。

(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)


 つねかわ・けいいち 1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科、米コーネル大学大学院修了。比較政治学、国際関係論が専門。著書に『比較政治 中南米』『大震災・原発危機下の国際関係』(編著)など。


週刊エコノミスト2023年4月11・18日号掲載

『新興国は世界を変えるか 29ヵ国の経済・民主化・軍事行動』 評者・上川孝夫

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