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子どもだましの「布教」 武装化と凶悪犯罪の乖離 1989(平成元)年・「オウム真理教の狂気」

本誌1989年10月15日号の「オウム真理教の狂気」キャンペーン第1弾の記事
本誌1989年10月15日号の「オウム真理教の狂気」キャンペーン第1弾の記事

特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/57 最終回

 1989(平成元)年、本誌こと『サンデー毎日』はオウム真理教の告発スクープを放った。「ハルマゲドン」を吹聴し、武装化して地下鉄サリン事件など凶悪犯罪をしでかすことになる集団の〝狂気〟は、さまざまな虚飾をまとった安普請の舞台装置から始まった。

〈ついに出た〝ワイセツ〟偽造記事 『サンデー毎日』三流雑誌に転落!!〉

 B4判の紙に扇動的な大活字が躍る。89年10月、東京・竹橋のパレスサイドビル(毎日新聞東京本社)内外で拡散されたビラのコピーが手元に残る。その頃、同ビル9階に編集部があった本誌への〝抗議行動〟である。ビラの主は麻原彰晃教祖(本名・松本智津夫)が率いるオウム真理教だ。

 教団は同年8月に宗教法人認証を受けたが、10~20代の信者が家出して連絡が取れなくなり「オウムに子どもを奪われた」という肉親の訴えが相次いでいた。本誌は同年10月15日号から追及キャンペーン「オウム真理教の狂気」を始めた。同号で教団の実態を告発した母親の一人はこう語る。〈ショックだったのは、(息子が)主人に、「お父さん、うちの家は何坪くらいあるの」と聞いたあと、土下座をしてポロポロ涙を流しながら、「お父さん、お願いですから生前贈与をして下さい」と頼むのですよ〉

 高額の〝お布施〟を強いるのが教団の特徴だ。ある高校生信者は「イニシエーション」と呼ばれる修行に参加するため教団に借金をし、月3万円ずつ返すためにアルバイトを始めた。お布施にローンがある――本誌が「宗教の名を借りた金もうけ」を疑ったゆえんだ。

 むろん教団も黙っていない。冒頭のビラはその表れだが、これがお粗末だ。というのも「偽造記事」とは麻原教祖が女性信者の体を触ったとする内容を指しているが、本誌はそんな記事を載せていない。記者に情報確認を求められた教団側が先走ってビラをまき〝反論〟を試みたのだ。〈彼女は心臓の部位に触られたことを過大に表現しているようだが、その信憑(しんぴょう)性は全くない〉と、信者とのトラブルを自ら表沙汰にした。

 底の浅さを隠せない教団の振る舞いは、布教活動自体に顕著だった。11月5日号は〈東大・京大の名をかたる「詐欺商法」を告発する〉と題し、麻原教祖のDNAの秘密を京大医学部で研究した▽教祖が修法した「甘露水」が特殊な光を発することが東大理学部の実験で証明された――とする宣伝文句のごまかしを暴いた。いや〝暴いた〟は大げさだろう。大学に問い合わせればたちまちに分かる。

 「稚拙」だったゆえに残った悔恨

 子どもだましとも映る仕掛けが逆に目をくらませたのかもしれない。また「人類救済」を語る若い出家信者の顔にうそはないと見たのも確かだ。取材班キャップだった広岩近広記者は教団の富士山総本部を取材した時の印象を「サークルの合宿所」のようだった、と地下鉄サリン事件(95年3月)の後に振り返った(同年6月、本誌臨時増刊『オウム教団 野望と崩壊』)。

 私自身(と唐突に一人称で語ることを最終回に免じて許してほしい)取材班の一員として同じ空気を嗅いだ。だが取材開始(89年9月)時点で教団はすでに信者を殺していた。そして追及キャンペーンさなかの同年11月、坂本堤弁護士の一家3人を手に掛けた。それらの行為は「ポア」すなわち魂の救済、とあべこべに呼ばれた。広岩記者は悔恨を込めてこう書いている。

〈それにしても、と何度も溜(た)め息をついてしまう。私が知っているオウム真理教とは違っているのだ。熾烈(しれつ)なビラや街宣の抗議行動はあっても、私は彼らに「危険」を感じたことはなかった。(中略)私は彼らに「暴力」を見なかった〉(同)

 麻原教祖が唱え出したハルマゲドン(人類最終戦争)後のオウム帝国樹立のため教団は武装化し、「建設省」や「防衛庁」など国家もどきの外見をこしらえた。

 張りぼての舞台装置は、うつろな言葉と共に肥大化し、最も暴力的に破裂した。

(ライター・堀和世)

ほり・かずよ

 1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など

「サンデー毎日5月7・14日合併号」表紙
「サンデー毎日5月7・14日合併号」表紙

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