週刊エコノミスト Online サンデー毎日
戴冠式の裏で報じられるイギリス王室の不人気 社会学的皇室ウォッチング!/74 成城大教授・森暢平
戴冠式は、英国民としての一体感やアイデンティティーを確認するメディア・イベントである。その華々しさに注目が集まるが、一方で、英王室の不人気を指摘する声もある。実態はどうなっているのだろうか。
調査会社ユーガブとBBCが4月14~17日、共同で行った調査(回答者4592人、以下「英調査」)によると、「君主制を維持すべきだ」との回答は58%。一方、「元首は選挙で選ばれるべきだ」と答えた人は26%であった。これを日本と比較してみる。毎日新聞社が代替わり直前(2019年4月13、14日)に行った調査(回答者1056人)では「現在の象徴天皇制でよい」と答えた人が74%と多数を占め、「天皇制は廃止すべきだ」は7%だった。日本では7%の廃止論者が、英国では26%も存在する。
もっともこうした数字は、質問の仕方や調査方法で数字が動き、単純に比較するのは正しくはない。移民のような国外出身者が多い英国と、「移民閉鎖国」である日本では多様性の有りようも異なる。だが、日本の4倍近い割合の廃止論者の存在は興味深い。
英調査を年齢別に見たとき、18~24歳の若年層では、「君主制を維持すべきだ」と回答したのは32%と激減し、「元首は選挙で選ばれるべきだ」と答える38%と逆転する。若い人ほど、廃止論者が多い。年齢が上がるほど君主制支持率は上がり、年齢と支持率は相関関係にある。人は年齢を重ねるごとに保守的になっていく傾向があるから今、若者の不支持が多いからといって将来廃止論が多数派になっていくとは言い切れない。しかし英王室は若者たちの心をとらえておらず、それが未来の王室の危機につながるかもしれない。
こうした世論調査では、「社会的望ましさのバイアス」という歪(ゆが)みが生まれてしまう。すなわち、現段階の英社会において「君主制を維持する」という意見のほうが多数派であり、社会的容認度は大きい。そのため、回答者は他者から好意的に見られる答えを選択しがちである。
「関心なし」の若者78%
そこで英調査は「王室にどれくらい関心がありますか」という別の質問を用意した。選択肢は「とても関心がある」「まあ関心がある」「あまり関心がない」「ほとんど関心がない」の4択だった。ちなみにこうした調査は「4件法」と呼ばれ、さらに「どちらとも言えない」を選択肢に入れると「5件法」となる。「5件法」では、「どちらとも言えない」に答えが集中しがちなので、人びとに敢(あ)えてポジティブかネガティブかの選択を迫るのが「4件法」のメリットとなる。
この結果はなかなか興味深い。「とても関心がある」9%、「まあ関心がある」33%、「あまり関心がない」34%、「ほとんど関心がない」24%となり、前二者のポジティブ回答(関心あり)は計42%、後二者のネガティブ回答(関心なし)が計58%で、関心なし層のほうが、関心あり層を上回ってしまうのだ。戴冠式のニュースだけを見ていると英国民の多くが戴冠を祝福しているような印象を受けてしまうし「君主制維持か、廃止か」と問われれば、多くの人は「維持」と答える。しかし、実際に市民の多数はそれほど王室に関心を払っていないのだ。
これも若者のデータをあげると、18~24歳では「とても関心がある」4%、「まあ関心がある」18%、「あまり関心がない」41%、「ほとんど関心がない」37%である。ポジティブ回答(関心あり)は計22%に対し、ネガティブ回答(関心なし)は計78%と驚異的な数字となる。「王室離れ」と呼ばれる現象だ。
果たして将来も「安泰」か
近年の英王室の不人気はさまざまな要因が影響している。チャールズ国王の次男ヘンリー王子(38)の暴露本『スペア』だけでなく、国王の弟アンドルー王子(63)が22年前にニューヨークなどで未成年の女性に性的暴行をしたとして訴えられたスキャンダルもあった(昨年2月和解)。そもそも論を言えば、チャールズ国王は、ダイアナ妃と結婚しているとき、夫があった現在のカミラ妃と「ダブル不倫」をしていて、ダイアナ妃に冷たかったことに今も批判がくすぶる。
チャールズ国王は気候変動、動物愛護、代替治療薬……などでリベラルな信念を持ち、その発言や行動が注目を浴びてきた。4月6日、国王は、王室と奴隷貿易の歴史的な関係についての研究を支援すると発表した。王室文書館が持つ資料が公開されるという。17世紀以降の英王室は、奴隷貿易会社「王立アフリカ会社」の最大の出資者であった。その負の遺産について事実を明らかにするというのである。しかし、こうした歴史問題への積極的なかかわりも、「王室の威信を損なう」といった保守派からの不満が募る。国王は74歳で、新しいことを始める時間は多くはない。
英調査では、「国王は英国民の日常をよく分かっていると思うか」という質問があり「分かっている」は36%、「分かっていない」は45%だった。さまざまな取り組みにもかかわらず、多くの人々は国王を自分たちに近い存在と見なしていない。
こうしたなか、反対派が力を増す。王室廃止を訴える団体「リパブリック(共和制)」は戴冠式当日、1000人規模の抗議活動を行い、「私たちの王ではない」と書かれたプラカードを持つなどした50人以上が逮捕された。逮捕者には「リパブリック」のグレアム・スミス代表もいた。同代表は4月24日、ロンドンの外国特派員協会で会見し、戴冠式に使われる巨額な予算は「異常だ」と批判している。
ただ、よく考えてみると、歴史的に見て英王室が常に人気だったというわけではない。ジョージ4世(在位1820~30年)は結婚がうまくいかず、カトリック教徒の女性と非正規の結婚をした。1936年にはエドワード8世が離婚経験のある米国女性ウォリス・シンプソンと結婚するために王位を放棄した(王冠を懸けた恋)。いずれも、英王室に大きな打撃を与え、信頼回復は不可能かと思われたが、王室は危機を乗り越えここまで生き延びてきたのである。
だが、英王室が将来も安泰なのかどうか―。その未来は誰も予想できない。
もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など