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ホンネ対談 元外交官・宮家邦彦×『中国拘束2279日』著者・鈴木英司 衝撃!中国で拘束される日本人 中国では一体、何が起きているのか!

小社から発売中の『中国拘束2279日 スパイにされた親中派日本人の記録』
小社から発売中の『中国拘束2279日 スパイにされた親中派日本人の記録』

▼中国ではすべての人が「スパイ」になりうる

▼日本はどう向き合うべきか

 日本人が中国政府にスパイとして拘束されるケースが相次いでいる。昨年10月に6年にもわたる刑期を終え帰国した元日中青年交流協会理事長の鈴木英司さん(66)もその一人だ。そんな中、中国・習近平政権が「反スパイ法」を改正し7月から施行される。何が問題なのか、元外交官で内閣官房参与の宮家邦彦さん(69)と語ってもらった。

 鈴木さんは2016年7月、帰国しようとしたところを北京空港で拘束され、逮捕・起訴された。中国の国内法に基づきスパイと認定され懲役6年もの有罪判決を受けた。その体験を著書『中国拘束2279日』(毎日新聞出版)にまとめた。

   ※  ※  ※

――鈴木さんは日本のスパイとされましたが、日中友好に尽くしてきた人。旧知の仲である宮家さんから見て、なぜこんなことが起きたと思いますか。

宮家邦彦 鈴木さんがスパイではない理由は二つあります。一つは彼の性格から言ってそういう人じゃありません。二つ目はスパイの定義から見ても問題です。一般論としてスパイとは、主に外国において非合法で情報を収集し、かつそれをプロフェッショナルに行う人々です。彼らは国内法で保護され、国内法で設立された組織に属するプロたち、外国での非合法活動が免責される公務員です。日本にはそんな国内法も組織もないので、日本人のスパイはいないんです。二つの意味において、鈴木さんはスパイのわけがないんですね。

――裁判では日本の公安調査庁はスパイ組織で、鈴木さんは同庁の依頼を受けて活動したと認定されました。

鈴木英司 中国は公安調査庁はCIAと同じだというのですが、私にはそんな認識はまったくありません。公安調査庁が情報機関ということは知っていましたが、同庁がスパイ組織と中国に認定されているとは知りませんでした。同庁職員と食事したり情報交換をしたことはありますが、情報収集の依頼を受けたり、報酬をもらったこともありません。中国には国家保密局というのがあり、ここが認定したところがスパイ組織になるんです。

宮家 合法的な情報交換活動と非合法の情報収集活動は、中国にとっては区別がないんです。合法的な意見・情報交換をするのもスパイ行為だったら、外交官はみんなスパイになってしまいます。スパイの定義は国によって違いますが、中国ではスパイじゃない人以外はみんなスパイ。スパイの国内法の定義が極めて曖昧で、明確ではありません。ですからすべての人がスパイになりうる。反スパイ法の対象は拡大されたし、国家情報法により中国国民は国の対外情報収集に協力する義務もあるのです。

「中国と向き合うには独自の視点が必要」と言う鈴木さん
「中国と向き合うには独自の視点が必要」と言う鈴木さん

 公安調査庁問題をどう考えるか

――スパイの定義がなければ、我々もどう対応したらいいか分かりません。

宮家 中国は日本政府に対して、中国の法制度をもっとちゃんと日本国民に知らしめるべしとか言っているそうです。しかし、彼らの法律はいかようにも解釈でき、しかも対象が拡大している、そんなものをどう日本の国民に説明できるでしょうか。何が違法なのか説明するのは法律を作った中国の責任です。何が違法に問われるのかガイドラインもなく、説明しろと言われても難しいですね。

鈴木 改正反スパイ法には全民防衛線というのが出てきます。「いかなる公民・組織も、スパイ行為を発見した場合、速やかに国家安全機関に通報しなければならない」として、国民全員がスパイ行為を告発しろと。密告用の電話番号、投書箱などが公開され、通報者の表彰、報奨の規定も加わりました。誰がスパイかも分からない。日本大使館も企業も中国人を雇う場合、中国の二つの人材派遣会社しか使えないのですが、ここに(スパイ組織の)安全部がいるわけです。これは大変に危険です。

宮家 大使館や企業が雇う運転手さんも、通訳もみんなそう。恐ろしいですね。

――著書には公安調査庁に中国のスパイがいるとの指摘もありました。

宮家 公安調査庁に中国のスパイがいるかどうかは知りません。中国の言い方からすれば、恐らくインフォーマント(情報提供者)もスパイで、そうだとすればいるかもしれません。ただ、それを言うなら、社会党にもいた、逆に共産党にはいないだろうけど。与野党問わずいたでしょう。この人たちはスパイですか? スパイではないですよね。スパイか否かは定義次第だというのが私の率直な印象です。

――鈴木さんは旧知の中国外交官と護送車で一緒になり、この外交官は「公安調査庁にはかなり大物スパイがいる」と発言したそうですね。

鈴木 私の領事面会とこの外交官の裁判官との面会が同じ日になり、同じ護送車になりました。偶然なのか、作為的なものだったのか分かりません。その中で、公安調査庁にはかなり大物のスパイがいるという話を聞きました。

宮家 その外交官と護送車で偶然会ったというのは、私なら信じられません。中国側として何らかの情報を流すためだったのではないかと思います。偶然かもしれませんが、この種のものはすべて裏があると思ったほうがいいでしょう。

――状況とすれば不自然ですよね。中国側が会わせたとすると、その狙いはなんだったんでしょうか。

宮家 攪乱(かくらん)でしょうね。公安調査庁はスパイ組織ではないでしょうが、情報収集・調査機関であることは間違いないですから。外国へのインフォーマントがいたとすれば大問題です。

 こういう話が出ると、情報機関はどこで何が漏れているかをすべての活動を止めてチェックします。その間、すべて止まります。リアクションがあれば、誰が何をやっているかが見えやすくなります。それだけでも意味があるわけです。

「中国が変わるというのは幻想です」と語る宮家さん
「中国が変わるというのは幻想です」と語る宮家さん

 「自由」を置き去りにした中国

――中国はなぜ反スパイ活動を強化しているのでしょうか。

鈴木 外国の勢力が中国を転覆しようとしていると思っています。「我々は対抗していかなければならない」ということですね。

宮家 中国も情報が漏れているのが分かっているのではないでしょうか。

鈴木 中国社会にスパイが浸透しているって言うんですね。

宮家 中国にも、ビザが欲しいからアメリカに情報を流す人はいます。アメリカはさまざまな情報を持っていて、多すぎて困るぐらいでしょう。加えて、独裁を強化するためには、内通奨励が典型的なやり方です。サダム・フセインも二重三重四重のシステムを作り、いくつかのグループが告げ口をし合うようになっていました。独裁体制を強めようとしたら、そういうものを作るわけです。私の赴任した国は幸いなことにほとんどが独裁国家で(笑)、そんなところばかりでした。中国共産党のシステム維持は相当に無理がきているのか、締め付けを厳しくしているのでしょう。

――中国をめぐる人権状況はますます悪化していきそうです。

鈴木 習近平氏は西側の人権を全然相手にしません。中国には中国の歴史・文化があるということなんです。人権思想を押し付けられたら大変だと思っている。

宮家 人権思想は一神教の神との契約から来ていると私は思っています。人間は平等で等しく価値があると言えるのは神が絶対だからで、そこから人権思想は生まれてくるんです。しかし、中国に神はいません。中国では人間が神を創るんです。だから人間のほうが偉い。神より偉い人間がたくさんいると、すべてが相対的になり絶対的な価値がないのですべてが政治的になります。伝統的に中国に人権思想という発想はないし、加えて共産主義は宗教を認めないので、彼らに人権思想が分かるわけがないでしょう。日本は中華文化圏の中にいて、また、一神教でもないですが、最初に西洋の人権思想を理解し実践した国ですね。アジアでは韓国、台湾、フィリピンなどもそうです。

鈴木 1人当たりGDPが1万㌦を超えると、価値観が変わり言論の自由や思想の自由を求めるようになる〝1万㌦の法則〟というのがあります。中国も1万㌦を超えそうだが、そうはなっていません。もう一つは、富裕層や知識層が自由の大切さは分かっているが、金持ちになることを優先し人権、自由を置き去りにしています。

宮家 天安門事件が終わった後、アメリカの戦略家たちは中国に投資をして資本主義国家にすれば、中国社会は変わると考えました。豊かになり市民社会ができ、市民社会が民主化を進めるんだ。こういうロジックで投資をしたんですね。ところが、20年やってそれは失敗だったと分かった。改革開放の果実は治安と国防にいき、我々が思ったような中国社会の内部変化は起きず、逆に言うと中国共産党が起こさせませんでした。転換点は天安門事件です。中国共産党があれを止めたところで、気がつくべきだったんです。経済的自由は与えても政治的自由は与えないということに。豊かになれば市民社会ができるというのは幻想でした。

鈴木 私も幻想を持っていました。加えて、中国の人口の75%ほどの農民は、日本の農家とはまったく違うんですね。農民と都市住民には大きな格差があり、農民からみれば人権なんてまったく考えられないという側面も大きいでしょう。

宮家 農民は2級市民で、田舎から出てきて上海に住んでも、上海の戸籍をもらえません。1級市民と2級市民がいる人権国家なんてないですよ。

鈴木さんのトークイベント(4月21日 東京都千代田区で)
鈴木さんのトークイベント(4月21日 東京都千代田区で)

 中国といかに向き合っていくか

――そんな中国とどう向き合うのか、なかなか難しいですね。

宮家 僕らが1970年代に中国の将来について持っていた淡い期待は実現せず、強力な反米反日国家になりつつあります。でも、こんなことやって中国の利益になるとはとても思えないんですよ。中国に誰も行かなくなり日本、欧米との関係が希薄になれば、中国はどれだけのアセット(財産、資源)を失うかを理解するべきです。

鈴木 今年3月下旬に習近平氏は「中国は対外開放の基本政策を堅持し、互恵ウィンウィンの開放戦略を揺るぎなく実行する」と発言しましたが、まったく矛盾していますね。

――中国に対しては、安全保障面での懸念も高まっています。

宮家 ロシアのプーチン氏ですらあれだけの戦略的な判断ミスをした。このアジアにも似たような判断ミスをしかねない独裁者が少なくとも二人はいます。その二人に同じような判断ミスをさせたら戦争ですよ。我々ができるのは独裁者たちに判断ミスをさせないこと。そのためには、中国が軍事力を使っても目的が失敗する可能性を高めないといけません。失敗する可能性が高まれば抑止が利きます。日本の防衛力強化策は抑止力を高めるためで、正しいでしょう。米豪などと抑止力を高めることが最も効果的だと思います。防衛力を強化しなければ、中国に「勝てる、占領できる、日本は動かない、日米は割れている」と勘違いさせてしまう。これこそが抑止が破れる条件です。ただし、独裁者が判断ミスをする時は抑止が破れる時ですから、その時には戦いに勝たなきゃいけない。ウクライナと同じですね。

鈴木 アメリカと同盟関係をしっかりと維持しつつ、中国とどう向き合うか日本独自の視線で考えないといけないと思います。

――軍事力ではなく外交力を高めるべきだという意見もあります。

宮家 軍事力を伴わない外交力はないのです。アメリカと中国の橋渡しをすれば中国は変わるというのは幻想でした。

鈴木 ただ、あんな危険な国と喧嘩(けんか)するわけにはいきません、ここなんですよね、頭の痛いところは。

宮家 独裁者に判断ミスをさせないために、日本は戦わずして勝たなければいけない。頭を使っていかなければなりません。

(構成/『毎日新聞』高塚保、撮影 高橋勝視)

みやけ・くにひこ

 1953年、神奈川県生まれ。東京大法学部卒業後に外務省入省。日米安全保障条約課長、在中国日本大使館公使、中東アフリカ局参事官などを経て2005年に退職。立命館大客員教授、外交政策研究所代表などを務める。現在、キヤノングローバル戦略研究所主幹。著者多数

すずき・ひでじ

 1957年、茨城県生まれ。法政大大学院修士課程修了、専攻は中国の政治外交。83年、中華全国青年連合会の受け入れにより初訪中し、訪中歴は200回超。北京外語大などで教鞭をとる。日中協会理事、衆議院調査局客員調査員などを歴任。元日中青年交流協会理事長

たかつか・たもつ

 1966年、東京生まれ。1990年、毎日新聞社入社。甲府支局などを経て政治部。首相官邸、外務省担当などを務めて15年に社長室。19年、政治部長。22年にデジタル編集本部長。現在、毎日みらい創造ラボ、社長室新規事業ユニット委員

「サンデー毎日6月11日号」表紙
「サンデー毎日6月11日号」表紙

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