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前代未聞の事件解明はこれからだ!ガーシーの闇を徹底的に読み解く シリーズ・路上のデモクラシー  ノンフィクションライター・石戸諭

帰国して移送されるガーシー容疑者(成田空港で6月4日)
帰国して移送されるガーシー容疑者(成田空港で6月4日)

▼ガーシーに群がった面々

▼「国策捜査」論にはバイアスがかかっている

 参院議員を除名され逮捕されたガーシーこと東谷義和容疑者(51)―。暴露系ユーチューバーとしてダークヒーロー扱いされた、このガーシーの正体とは何だったのか。ガーシーの背後関係も警察当局は注視している。この前代未聞の事件解明はこれからだ。(一部敬称略)

 芸能界の暴露系ユーチューバーから国会議員にまで上り詰めたガーシーこと東谷義和容疑者が6月4日、アラブ首長国連邦(UAE)から帰国後、即座に逮捕された。俳優の綾野剛らを対象に繰り広げたネット上の暴露行為が暴力行為等処罰法違反(常習的脅迫)や名誉毀損(きそん)容疑などに問われている。4日に帰国の一報が入った時、私は率直に驚いた。彼は捜査対象になること、逮捕という形で身柄を拘束されることを極端に恐れていたように思えたからだ。

 今年3月、国会を除名処分となり逮捕状が出た直後にZoomをつないでインタビューを収録した。月刊『文藝春秋』の取材であると断った上で、当時はまだ彼のアカウントが生きていたSNS経由で取材用の文書を送った。すると、すぐさま本人と思(おぼ)しき人物から関西弁の口調で返事が返ってきたのだった。

 取材を受けるとき、唯一条件らしい条件は、言ったことをできる限りそのまま伝えることだった。私たちの対応は読み物である以上、本人の言葉も最低限の編集はするが、一部を切り取ったり、文脈を無視したりした形で文章化することはしないと返答した。ほどなく、彼の日程調整を担当しているスタッフの連絡先が送られてきて、スムーズに日付が決まった。

 画面越しにキャップ帽に夏仕様のニット姿の東谷容疑者が姿を見せたが、背景にはぼかしがかかっていたのが印象的だった。身柄の拘束や行動確認されることを恐れてか、ドバイなどに複数の拠点を用意し、日々転々としていたためだろう。背景から居場所を特定されないための対処であることは容易に推測できた。

 スタッフが接続までの段取りをして呼び込む。どっしりと椅子に腰掛けた東谷容疑者は、帰国の意思はまったくないことを強調し、暴露動画のように関西弁で捲(まく)し立てるようにその理由を語っていた。取材時の条件を踏襲し、彼の証言は『文藝春秋』(5月号)掲載時のものを再掲しておこう。

「脅迫と言われてもね、真実を伝えているだけなので。完全に今回の捜査は茶番だなと思っている。既得権益を持っている人間が動いているんだろうなって認識しています。警察担当の記者からも色々聞きましたけど『完全に国策で動いている』って言い方をされたんで。ワケわからん容疑をいっぱいかけられて、再逮捕、再逮捕となったら『刑務所入ってるんと一緒やな』と思って、日本に帰らない選択をしました。どう思います? 名誉毀損の罪で、国際指名手配かけますか!」

「どっかのタイミングで僕は警視庁に電話しようと思っています。(捜査は)どうなっているんですかと。もちろん(ネットで)配信しながらね。配信しながら電話かけますよ、うん。『これ切らないでくださいね。今配信して何万人も見ていますから。ちゃんと対応してください』と警察にもいいます」

 動画という形でファクトは残っているため、発言そのものを否定することはないが、脅迫などの行為については明確に否定した上で配信するなど、警察に対して挑発とも取れるような言葉を投げ続けた。無論、真実を伝えているだけだから問題ない、という見解は法的には通用しない。名誉毀損は、語られたり記されたりした内容が事実であっても成立するからだ。自身に罪はないと語ることは帰国後の捜査で語ったとされる弁明と変わらない。

 一連の発言のなかで興味深いのは、自身にかけられた容疑を「国策」と断じていることだ。この言葉に、私は〝周辺〟の影響を確かに感じていた。東谷容疑者はドバイを拠点とする日本人ネットワークの一部にすぎない。

ガーシー元参院議員逮捕について記者会見する露木康浩警察庁長官(東京都千代田区の警察庁で6月8日)
ガーシー元参院議員逮捕について記者会見する露木康浩警察庁長官(東京都千代田区の警察庁で6月8日)

 ガーシーの背後にいる強固なネットワーク

 時系列でことの経緯をまとめておこう。ギャンブルで億単位の借金を重ねた東谷容疑者は、「BTSに会わせる詐欺」や知り合った芸能人からアパレル事業の運転資金にするという名目でカネを集め、自身の借金の返済に充てていた。ところが万策がつき、行き詰まったため知人のツテを頼りドバイへと逃亡し、2022年2月から「暴露系ユーチューバー」としての活動を始めた。これも彼から生まれたアイデアではない。後述するが動画で収益を上げていくこと、その内容にもブレーン的な存在がいた。

 大手メディアも芸能界も当初、東谷の存在を黙殺した。彼への追い風となったのは、黙殺によって「不都合な真実だからこそ、忖度(そんたく)するメディアは沈黙するほかない」――。そんなストーリーが真実味をもって受け入れられたことだ。瞬く間にチャンネル登録者数を増やしていき、スキャンダルで狙い撃ちされた芸能人の中には仕事を失うものも出てきた。自主規制も多分に含まれていたが、現実の損害は「芸能界の闇を暴露するガーシー」にさらなる説得力を与えた。舞台は無料のユーチューブ、登場人物は有名人で、違法薬物や性犯罪、違法ギャンブルという刺激的なワードが飛び交う。

 追い詰められた男の劇的にも受け取れる復讐(ふくしゅう)に世間は熱狂した。

 より厳密に言えば、事実誤認などを理由に反論をする芸能事務所もあることはあった。だが、東谷容疑者も黙らずに、速射砲のような反論動画をすかさずアップするなどの対抗措置を取る。そんな彼の反論に黙ってしまったのは芸能界のほうだった。

 ある関係者の証言――。

「彼の動画は最初期からチェックしていた。細かい事実も含めて、さすがにすべてが嘘とは言えない。だけど、動画によっては10%の事実は入っているが、残りの90%は話を盛っているか、調べても出てこない犯罪行為をやっていると言っているばかり。こちらが反論しても、すぐに再反論の動画がアップされ、あることないことを畳み掛けるように言われる。こうなってしまうと周囲には何が正しいかよりも、『何か揉(も)めているな』というトラブルの印象しか残らない。それで損するのはこちら側でしょう」

 再生回数を稼いでいく東谷容疑者に目をつけた旧NHK党から立候補オファーを受け、昨年7月の参院選比例区に出馬すると、「ガーシー」という個人名だけで約28万票を集めて当選を果たす。議員になる理由は「不逮捕特権」が欲しいからだと豪語していた。だが、ドバイ滞在を理由に一度として国会に出席することはなく、結果的に除名処分を受ける。除名が議論されているのと同時期に、警視庁は配信した動画の内容に今回の逮捕につながる容疑があるとして、昨年中に告訴状を受理し、任意の事情聴取を要請した。だが、東谷容疑者は一向に応じなかった。

「不逮捕特権」を失い3月16日、警視庁は暴力行為等処罰法違反(常習的脅迫)容疑などで逮捕状を取り、同月中に兵庫県伊丹市の実家も捜査の対象となり、家宅捜索も受けることになった。この時、彼がインスタグラムで涙ながらに「オカンは関係ないやろ」と訴えたことが話題になった。

 警察庁は外務省に旅券返納命令を出すことを要請し、同月23日、旅券法に基づいて旅券返納命令が出された。4月にはパスポートは失効し、国際刑事警察機構(ICPO)に国際手配された。

 東谷容疑者は長期滞在のビザを持っているから、現地滞在にはなんら支障はないと語っていたが、警察当局はさらに深い手立てを調えていた。捜査員を現地に派遣し、UAE当局と東谷容疑者の帰国に向けて交渉を続けていたのだ。彼はUAEにいる限り、自分に捜査の手は及ばないと考えていたフシがある。すでに報じられているように、現地王族との人脈作りに熱心に取り組んでいたのも、逮捕のリスクを下げるためだったのだろう。そして、彼の周囲には国際手配をかけられながら、経済的に豊かな生活を謳歌(おうか)する者たちがいた。

 窮地に追い込まれた東谷容疑者をドバイに誘い、そして暴露系ユーチューバー「ガーシー」を提案したのは麻雀仲間であり、ドバイ滞在時の有力な支援者でもある秋田新太郎という男だ。大阪有数の進学校を卒業後、若手起業家として名をはせた秋田は一時期、盛んにメディアにも登場していた。人生が一転するのは、銀行から融資金を騙(だま)し取った事件で13年に大阪府警に逮捕されてからだ。執行猶予付きながら判決は確定した。新たに幹部として関わった電力ビジネスでは、元社長が業務上横領の疑いで逮捕され、秋田自身にも使途不明金が渡った疑いで捜査対象になっている。

 アダルト動画投稿をメインにして、国内有数のユーザー数を誇るウェブサービス「FC2」の創業者である高橋理洋も「ガーシー」が頼った一人だった。15年、高橋は性行為のライブ配信に関わったとして京都府警から逮捕状が出ており、現在も国際手配中の身だ。周辺には警察の捜査対象となっても、ドバイ滞在を理由にして経済的になんら問題ないどころか、豪勢な暮らしを謳歌している人々がいる。これが彼に自信を与えたことは想像に難くない。逆側からみれば、ドバイにやってきた「ガーシー」は周辺から見ても、方法はどうあれカネを生み出す人間だったということだろう。日本に帰国できない人々が作る強固なネットワークが彼の背後に存在している。

 警察当局もまた彼らの動きを注視しているという。

ガーシー元参院議員がアラブ首長国連邦(UAE)から帰国、成田空港で逮捕された(6月4日)
ガーシー元参院議員がアラブ首長国連邦(UAE)から帰国、成田空港で逮捕された(6月4日)

 過激動画が瞬間的に収益を生み出す構造

 東谷容疑者の言動はダークヒーローや正邪の境界をかき乱すトリックスターと持ち上げられ、取材をしていた一部のメディア関係者をも魅了していた。その中には中立的な立場の取材を公言しながら、最小限の批判的見解を並列させるだけで、明らかに彼に対して好意的な弁明、あるいは見解を掲載する者まで現れた。彼の人生がある意味では痛快であり、本人も人物として魅力的な部分があるのだろう。

 実際に彼と会った人々―それは芸能界も含む―からは「腰が低くて、かわいげがあった」「自分が知っている東谷義和と動画は別人のよう」という声を多く聞いた。しかし、これも当然のことだが、詐欺的行為に手を染める者の多くは人間的な魅力にあふれている。相手の懐に飛び込み、信頼を勝ち得なければ成果が見込めないからだ。

 やはり重要なのは、すべての発端であるように思える。すなわち東谷容疑者自身が違法性の高いギャンブルにのめり込んだがために借金を作り、詐欺的な行為に手を染めたという事実だ。

 彼にとって最大の動機は借金返済であり、その手段の一つに暴露行為があった。行為の裏には被害者が存在している。一連の暴露の中には彼が強調するような「真実」も確かにいくぶんかは含まれていたのだろうが、動画で述べたことが原因となり刑事事件化したことも事実だ。しかも、彼が発信した動画は別のユーチューブ利用者によって再編集され、動画の〝美味(おい)しい部分〟ばかりを集める「切り抜き動画」として再アップされていた。再編集した人々が得た広告収入の一部も、動画を利用した〝対価〟として東谷容疑者側に数千万円単位で流れていたという。ユーチューブという空間で影響力を高めるため双方が利用し合い、一つの経済圏域を確立していた。そのような見方も成り立つのだ。

 東谷容疑者の周囲に群がっている人々も警察の捜査対象にあることも重要だろう。周辺も含めて自分たちを攻撃する者、批判する者は「既得権益者」であり、警察という巨大な権力と対峙(たいじ)しているという物語を描いてきた。彼らの発信してきた東谷擁護、「国策捜査」論は一定のバイアスがかかっているものとして読み解く必要がある。彼らには彼らで守りたい一線が確かに存在しているからだ。日本の警察当局がUAEとの交渉を重ねて東谷逮捕という前例を作った以上、周辺も今までのような楽観的なシナリオは描けなくなった。

 ハイリスクな暴露を繰り返した男が国会議員になったはいいが、除名処分となり刑事事件の捜査対象になるという前代未聞の事件の全容はまだ見えていない。

 今の時点で言えるのは、過激な動画が瞬間的に多額の収益を生み出す構造―。その課題が炙(あぶ)り出されたこと。そして、暴露には強い対抗措置を取ることが求められるということまでだ。

※「シリーズ 路上のデモクラシー」は随時掲載します。

いしど・さとる

 1984年、東京都生まれ。2020年『ニューズウィーク日本版』の特集「百田尚樹現象」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。21年『「自粛警察」の正体』(文藝春秋)で、PEPジャーナリズム大賞を受賞。近著に『東京ルポルタージュ』(毎日新聞出版)

「サンデー毎日7月2・9日合併号」表紙
「サンデー毎日7月2・9日合併号」表紙

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