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爆笑対談『人は違和感が9割』刊行記念 茂木健一郎×松尾貴史 こんな違和感ありませんか? この世の中のあらゆることが「しっくりこない」人たちへ
毎日新聞日曜版で人気のコラムをまとめた最新刊『人は違和感が9割』(毎日新聞出版)が26日、発売される。刊行を記念して、著者の松尾貴史さんと脳科学者の茂木健一郎さんが「違和感」をテーマに対談。チャットGPTから落語まで、忖度なしの爆笑掛け合いをお届けする。
俺が違和感そのものだった
茂木健一郎 『毎日新聞』日曜版での連載「ちょっと違和感」は、何年続いているんですか?
松尾貴史 2012年にスタートしたので、もう12年目になりますね。
茂木 すっかり名物コーナーですよね。
松尾 名物にうまいものなしって言いますから。
茂木 返しの反射神経がさすがです(笑)。
松尾 今回はその連載をまとめるにあたって、ぜひ茂木さんと「違和感」をテーマに対談したいと思ったんですよ。僕にとって茂木さんは、言葉、話の中身、その行動自体、なにもかもが面白いから。
茂木 世の中、違和感だらけですよ。でも、最近になって気づいたんです。日本の社会においては「俺が違和感」だったんだって。
松尾 (爆笑)。でも、そこらじゅうに違和を覚えるからこそ、茂木さんの意見は貴重なんじゃないですか。とくに今の日本においては。
茂木 いやいや、俺の話って、世間の反応と大抵ずれてるから。
松尾 それは世間のほうがずれていっているところがあるんじゃないかなあ。
日本の忖度を容赦なくぶった斬る人工知能
茂木 俺もややこしいことはたくさん抱えてはいるんですよ。だけれど最近すごく痛感しているんです。そこかしこで聞く、日本の「忖度(そんたく)」って、世界的にはどんどん通用しなくなるなって。
松尾 とくに最近?
茂木 ええ、チャットGPT(注1)が公開されてから。
松尾 そのへん、僕は弱い分野だから、茂木さんの話、すごく聞きたいです。
茂木 俺が脳科学を始めたのは、もともとは人工知能がきっかけだったんですよ。2020年にノーベル物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズ(注2)という人がいるんです。俺は博士課程の時に「人工知能では人間の『意識』を超えることはできねーよ」みたいなことを著した彼の著書(『皇帝の新しい心』)を読んでものすごく感動して、人間の脳の研究をしようと思ったんですね。けれどご存じのように今年の3月15日にチャットGPT(GPT―4)が公開されて、これは近い将来、Googleに取って代わるんじゃないかとも言われている。いまITの世界ではとくに、チャットGPTの話題でもちきりで、ウッドストックみたいなことになってるんです。俺にとっても人生最大と言っていいほどの衝撃だった。その時に思ったのは、これまでの日本のやり方、つまり忖度なんかが、ますます通用しない時代になってきたな、という恐怖感。
松尾 でも日本の忖度みたいなものも、いずれはAIに組み込まれるようにはならないんですか?
茂木 もちろん、それもあるかもしれないけど、セクハラ問題とかこれまでうやむやにされてきたことなんかをこいつ(チャットGPT)に聞いてみたら、「それはダメだよね。はい次」みたいに瞬殺されると思う。
松尾 つまり「お言葉を返すようですが……」とかそういうのはないというわけか。
茂木 そうそう。一言でいうと、容赦がないんですよ。
前例主義が日本の弱点?
茂木 キッチュ(松尾氏の旧芸名)さんと僕はほぼ同世代ですね。いま、Spotifyのグローバルトップ50を聴くのにハマっているんです。そこにはアフリカの音楽とかラテン系の音楽とか、世界中のものすごい才能が渦巻いてるんですよ。以前、「ここ20、30年、J―POPって何も変わってないよねって」って言ってたら、広瀬香美さんに「もぎもぎ、そういうこと言うから嫌い!」って怒られた。「ロマンスの神様」は好きだけれど、コンビニとかに流れている今の曲って、みんな順列の組み合わせを変えただけで、俺には全部同じに聞こえちゃう。俺が小学校の頃の日本の歌謡曲の年間トップ10ってすごかったなあって思うんですけれど。
松尾 スケールが大きかったですよ。小さな観察とか心の動きだけじゃなく、本当に宇宙や地球の裏側を感じさせたり。かと思ったら、「畳の色がそこだけ若いわ」(「微笑(ほほえみ)がえし」阿木燿子)とかもある。
茂木 ピンク・レディーは、最初に流行(はや)ったのが「ペッパー警部」でしょ、それから「S・O・S」が出て……。
松尾 「サウスポー」とか。
茂木 「UFO」もすごかった。
松尾 「UFO」はシングルとしてはいちばん売れた曲でしたよね。あれこそ宇宙ですよね。「地球の男に あきたところよ」(阿久悠)なんて言ってるわけですから。
茂木 あの頃はテレビ見ていると毎週のように新しいものがじゃんじゃん出てきて、「なんだこれは!」という感じだった。あの頃の人たちって、1曲ヒットしても2曲目、3曲目って絶対に違うものにしていたと思うんです。
松尾 サザンオールスターズだって、「勝手にシンドバッド」の次にヒットしたのが「いとしのエリー」ですから。
茂木 そうかあ。だからね、だいぶ話がそれてしまったけれど、俺が言いたいのは、人工知能の開発をしている人たちってそんな感じなんですよ。つねに新しいことに挑戦している感じ。あの頃の日本に似ていると思うんです。だから、今の日本ってなんかつまんねえなぁって思っちゃうんだよな。
松尾 それは、前例主義がものすごく定着しちゃってるからじゃないですかね。なんでテレビが面白くなくなったかというと、ラーメンが当たりました、動物が当たりました、医療ものが当たりましたっていうと、一斉にみんなそうなっちゃう。あるタレントさんが主演したドラマの視聴率が高かったら、じゃあ今度はそのタレントさんに医療ものをやらせましょうよってなってる。当たったものをちょっと組み替えるだけで企画を立てる。
茂木 テレビ界だけじゃないですよね。今年のアカデミー賞で7冠に輝いた「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(注3)なんかも画期的に新しいし、インド映画の「RRR」(注4)もすさまじかった。かつては黒澤明の斬新さって、世界の映画人に衝撃を与えたわけじゃないですか。「生きる」がイギリスでリメークされたみたいに。だから何やってんだよ日本、何をみんな我慢しているんだって、すごく違和感を覚えます。
松尾 「そういう企画は当たらないよ」って言う先輩とか権力者がいっぱいいるからね。「前に俺がやってみたけれど、それで失敗したから」って。そういう人たちの発言力が強すぎる社会なんだと思います。それはエンタメ界に限ったことじゃなくて、こうしなきゃ選挙に通りませんとか、こういう政策でないとだめですよとか、そういう空気が日本全体に蔓延(まんえん)している。前例主義がこの国の弱点だと僕は思うんです。
言行不一致こそが人間
茂木 で、師匠……。
松尾 師匠って呼ばないでよ。
茂木 いや、我々の共通の趣味は落語ですからね。俺、昼間は忙しすぎるんで、寝る前くらいはリラックスしようと思って落語を聴いているんですが、やっぱりいいよね。それで思ったんですよ。今日、ずっとおっしゃっている日本の社会が持つ温かさって、やっぱり落語の中に生きているなって。
松尾 「これが人情じゃねえか」ってね。風呂場で誰かの背中を流していると思っていたら壁を洗っていたとか、見ている人がそんな馬鹿な!と突っ込みたくなるようなイマジネーションで情景を作ってくれることって普段あまりないじゃないですか。とくに今は、どんなものでも説明過多、情報過多だから。それなのに、一人の落語家が右向いて、左向いてしゃべっているのを聴いているだけで、ここではないどこかを頭の中に創造するなんてことは日常的にやらない作業なんですよ。だからそれがストレス発散や癒やし効果があるんじゃないかなって思うんです。
茂木 これ、キッチュさんと昔、しゃべった時に確か言ったんですよね。粋かどうかが大事って。
松尾 そんなこと言いましたね。
茂木 俺もそれ、すごくわかるんです。一つの美意識として。「それを言っちゃおしまいよ」みたいな。
松尾 そうなんですよ。だから他人の振るまいを見て「おまえそれ、粋じゃないよ」っていうのがいちばん粋じゃない。
茂木 で、俺は他人のことばかり言ってる人というのが、苦手になってきている。私は正しい!みたいな。
松尾 僕はいつも「人のことは言えませんが」って言い方ばかりしていますね。
茂木 それいい!
松尾 人のことは言えないが、でもなんでも言えるっていいですよ。
茂木 だから、俺はポンコツって言葉が好きなんだな。自分でも「俺はポンコツだ」っていつも言ってるんですけれど、ポンコツだって思っていたら、人に対して一方的に正論をぶつけることはしないと思うんですよね。
もしかして日本を救うのは落語?
松尾 この対談もそろそろ希望のある言葉で締めくくりたいんだけれど、今のままだと「松尾 苦笑」で終わっちゃいそう。困ったなあ。
茂木 俺は日本ってどこか「ええじゃないか」みたいなモードがあると思ってるんですよ。それがこの国の面白いところかなと。江戸時代もそうだったじゃないですか。「このままでいいんじゃね?」って言っていたのに、何かスイッチが入ると、「わーーっ!」みたいな。しかし、いつ、そのええじゃないかスイッチが入るんだろうね?
松尾 その前に国民の一揆が起きなくちゃおかしいとは思うんですけれどね。
茂木 今のところ、まだ「このままでいいんじゃね?」って思ってるんでしょ。
松尾 でも、そういうのが起きる時も、兆候は見えていないけれど、ぽつり、ぽつりと何かが小さくはじけてはいたんだと思う。
茂木 俺は日本はマイルドヤンキーの国だと思っているんですよ。こう見えても『IKIGAI』『NAGOMI』という2冊の本を書いて、外国に対しては日本のいいところを言いまくってる。実は俺、めっちゃいい人なんですよ。「いきがい」ってこうだよ、「なごみ」ってこうだよって、英語で説明してさ。
松尾 国際派としてね。
茂木 2冊目の『NAGOMI』の中で、聖徳太子が十七条憲法の第1条で「和を以(もっ)て貴しとなす」と言っていて、日本は和みの国なんだと書いたんですよ。でね、その聖徳太子が日本は「日出(い)ずる処(ところ)(The land of the rising sun)」と言ったら、当時の中国が怒ってしまったの。でも聖徳太子は、中国から見たら東側だから文句言えないだろうって。たしかに太陽が昇る方向だからね。ほら、聖徳太子もマイルドヤンキーでしょ? この感じわかるかなあ? だからどっかまで行くと突然日本人は、「ウェー」みたいになるんじゃないかと。
松尾 なるんですかね?
茂木 そこに俺は期待しているんだけどね。もっといろいろあっけらかんと話せばいいんだと思うんだよね。落語にはあっけらかんも和みもあるんだよね。『NAGOMI』のなかでは、落語の「芝浜」(注5)も紹介しているんですよ。でも、紙幅の都合でカットになってしまった「居残り佐平次」(注6)がものすごく好きなんですよ。
松尾 フランキー堺さん主演で映画にもなってますよね。
茂木 「居残り佐平次」がすごいのは、誰も不幸になっていないってところだと思うんだ。だって、佐平次がわざと「居残った」遊郭はあれで繁盛するし、佐平次はそれでお金が儲(もう)かってる。
松尾 三方一両得みたいですね。
茂木 経済ってそういうふうに回せばいんだと。
松尾 そうなればいいですよね。
茂木 悲しい境遇を笑い飛ばすようなセンスだって、日本人にはもともとあると思うんだよ。「長屋の花見」(注7)とか「貧乏神」(注8)とか。
松尾 キーワードは「気で気を養う」ですからね。ものは考えようだよ、感じ方だよって、つまり、脳の中で楽しめって言ってる。どんな状況にあっても楽しむ強さがあるんだよな。
茂木 すごいよね。なんか落語力があったら、この国でも生きていける気がしてきた。でも、今、現実に日本で起きている事象を落語に当てはめてみたら、ずーっと怒っているかもしれないな。そうそう、俺の友人が言ってましたよ、「松尾さんの連載って、ずーっと腹立ててるよね」って。
松尾 (爆笑)。
茂木 俺もよく言われるんですよ。いつも怒ってるって。でもこれは「怒芸」なんだと今思った。
松尾 人が怒っていることって面白いから。チャップリンが言っていた、「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」っていうことにも通じて、どっちの側面で見るかで笑ったり、怒ったりできるんだなっていうのがありますよね。
茂木 そう考えると、ちょっと希望が湧いてきたな。
松尾 本人も思わず笑っちゃうような芸もあれば、泣かせる芸も、怒る芸もあるんですよね。我々は、これからも怒芸でいきましょうよ。
(構成/ライター・橋本裕子 写真・高橋勝視)
(注1)チャットGPT:米国Open AI社が開発した、人工知能(AI)を使用したチャットサービス
(注2)ロジャー・ペンローズ:1931年、英国生まれの数理物理学者、数学者、科学哲学者
(注3)「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」:2022年米国製作のSF映画。第95回アカデミー賞で作品賞はじめ、7部門を受賞
(注4)「RRR」:2022年インド製作のミュージカル・アクション映画
(注5)「芝浜」:古典落語の一つ。拾った財布を巡る夫婦の愛情を描いた人情噺(ばなし)
(注6)「居残り佐平次」:古典落語の一つで、遊郭を舞台にした廓(くるわ)噺。「居残り」とは遊郭で代金を支払えなかった場合にその形として残ること
(注7)「長屋の花見」:上方落語では「貧乏花見」とも。貧乏長屋の衆が大家に呼び出され、酒の代わりに番茶、卵焼きの代わりにたくあんを持って花見に行く
(注8)「貧乏神」:上方落語の一つ。何度も妻に逃げられる男とその男にとりつく貧乏神のやりとりを描く
もぎ・けんいちろう
1962年、東京都生まれ。脳科学者。作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大理学部、法学部卒業後、同大大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大を経て現職。専門は脳科学、認知科学
まつお・たかし
1960年、兵庫県生まれ。俳優、タレント、コラムニスト。大阪芸術大芸術学部デザイン学科卒業。98年には演出家のG2と共に演劇ユニット“AGAPE store”を結成。東京・下北沢のカレー店「般゜若(パンニャ)」店主。「週刊朝日似顔絵塾塾長」など幅広い分野で活躍