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最も危ないのは「梅雨末期」 豪雨・水害対策のお寒い現実 ジャーナリスト・鈴木哲夫

7月の線状降水帯による豪雨で水害が起きた熊本県益城町
7月の線状降水帯による豪雨で水害が起きた熊本県益城町

 今月も線状降水帯による豪雨が九州であった。異常気象による水害が毎年のように起きている。牙をむく自然との最前線にいるのが気象庁。だが、その現状は「お寒い」ようだ。原因は予算や組織の在り方。岸田政権は本当の「有事対策」に取り組むべきではないのか。

 西日本や東海地方を中心に記録的な豪雨の原因となっている線状降水帯。6月末に出演したラジオ番組で豪雨について特集した。気象庁の担当者は、7月後半には全国的に梅雨明けが予想されるが、それまでの間に線状降水帯が発生する可能性を指摘し、地域的には九州などを挙げた。

 ところが、耳を疑った部分はこんな話だった。

「線状降水帯について分析するスーパーコンピューターを今年3月に導入した」

 九州北部豪雨は6年前、西日本豪雨は5年前。それが今ごろになってスパコン? 長く防災や危機管理を取材テーマにしているが、そもそも気象庁の予算が圧倒的に少ないのだ。

 コーヒー予算―。3年ほど前、気象庁の組織改編などが行われた際の取材中、同庁の幹部職員は自虐的にそんな表現をした。

「気象庁の当初予算はこの数年だいたい500億円後半~600億円。これを国民の人口で割ると1人あたり500円の計算になります。500円といえば喫茶店でコーヒー1杯分の値段。つまりコーヒー予算、それしか予算が付けられていないということなんです」

 気象に関する予算は国土交通省や他省庁に振り分けられているものも多くある。でも「圧倒的に少ない。どんどんデジタル技術なども取り入れたいが……」と前出の幹部はこぼしていた。

 背景に何があるのか。気象庁OBは「政府組織の中で気象庁にどんな役割を担わせ、位置付けをしてきたか。全てがそれに起因している」と話す。

 気象庁は設立当初、文部省の管轄下にあった。気象を学問として位置付けていたということだ。だが、気象は交通機関などに重大な影響を及ぼすことから運輸省の管轄下に。そして、運輸省と建設省が合併し、今の国交省にという流れである。前出のOBが続ける。

「気象は学問、研究の一環という発想からスタートしているから大蔵省(現財務省)の意識もずっと低かったし、今も続いている」

 それでいいのか。自然災害は「有事」であり、戦争と同じだ。強大な自然との闘いだ。その最前線には、気象庁の高度で確実な分析や予測が絶対的に必要ではないのか。

「戦争に対しては今、政府は防衛力を強化して防衛費を何十兆円も増やそうと進めている。災害だって有事なのに、こちらはなかなか増やしてもらえない。職員は技術者が多く、安い予算でも自分たちでシステム開発したり、民間や大学と連携したりと努力している。それでも予算が付かなければ限界はある」(同・OB)

 気象庁のポジションも見直すべきだ。危機管理に強い議員や有識者からは、現在の国交省管轄から内閣府へ移行すべきという声が多く上がっているのだ。危機管理に明るい自民党閣僚経験者のベテランが言う。

「内閣府ということは首相直結。自然災害の分析・予測から、それを受けての避難命令など、首相や政府が決断するところまでを一元化した組織にすることで、自然災害への危機管理がスムーズに早くいく。気象庁には避難などの政治決断をしたり命令したりする権限はない。時々議論される防災省まで作らなくとも、気象庁を内閣府に置く組織変更だけでも、日本の危機管理体制は強化される」

2019年11月の台風19号で浸水した川崎市高津区のマンション
2019年11月の台風19号で浸水した川崎市高津区のマンション

 河川「一括管理」の構築も進まず

 また、豪雨災害のポイントは「河川」だ。日本は大小の河川と、そこへとつながる河川、それらが広範囲に網の目のように張り巡らされている。まず問題なのは管理の仕組みだ。

 具体的には1級河川は国交相、2級河川は都道府県知事、準用河川は市町村長が責任者と河川法に定められている。だが、それらは互いにつながり、流れ込んでいるものも多い。

 かつて取材した埼玉県内の2級河川と準用河川でこんなことが起きていた。ずっと護岸されているのに、ある橋からは土と雑草のまま。要は、その橋を境に県と市とに管理が変わる。一つの川で護岸工事などが一括で進められていないのだ。豪雨で水位が上がると、コンクリートで固めているところは一気に流れるが、護岸工事をしていない所になると一気に水があふれることになってしまう。

 菅義偉前首相は在任中、上流のダムを管理して水量を調整するなど一括管理に一歩踏み出した。だが、その後はうまく活用できていない。河川の一括管理体制の構築は絶対に必要だ。

 もう一つの早急な課題はバックウオーター対策だ。主流の水の量と勢いが激しくなると、そこに流れ込む支流の水が押し戻されてあふれてしまう現象だ。

 西日本豪雨は14府県で300人を超える犠牲者を出した。被害が大きかった岡山県真備町は、この現象が氾濫の原因だった。九州の私立大で土木工学を専門とする教授がこう話す。

「国交省などが危険と呼び掛ける場所は全国2000以上あると言われているが、実はその倍はある。政令市などの小河川や支流を中心に独自調査しているが、市町村や国交省の危険箇所として公示されていない所が全国にはまだまだある」

 気象予報士の一人もこう話している。

「バックウオーターはこの6~7年の間に全国100カ所以上で起きていた。分析や対策をなぜ早く進めなかったのかと国交省の河川管理部署に尋ねたら、『護岸工事や別の水路を造るなど、予算がなかなか取れない』と言い訳していた。これでは犠牲が出続ける」 前出の教授は「国交省や自治体の調査や工事は時間も費用がかかり、期待できない。ならば大学などに補助金を出し、各地の大学の工学部や土木工学科が研究目的で調査し、それを行政がまとめる官学の体制を作るのはどうか」と提案する。

 岸田政権に「災害は有事」との認識はあるのか。今、厳しく問いたい。

すずき・てつお

 1958年生まれ。ジャーナリスト。テレビ西日本、フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経てフリー。豊富な政治家人脈で永田町の舞台裏を描く。テレビ・ラジオのコメンテーターとしても活躍。近著『戦争を知っている最後の政治家 中曽根康弘の言葉』『石破茂の「頭の中」』

「サンデー毎日7月23・30日合併号」表紙
「サンデー毎日7月23・30日合併号」表紙

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