週刊エコノミスト Online サンデー毎日
ご夫妻の個性がにじみ出た釧路・野生生物施設ご訪問 社会学的皇室ウォッチング!/87 成城大教授・森暢平
北海道を訪問した天皇、皇后両陛下は9月16日、釧路湿原野生生物保護センター(釧路市)を訪問した。オオワシ、オジロワシ、シマフクロウ、タンチョウなど大型の希少鳥類の保護に取り組む環境省の施設である。説明の多くは、猛禽(もうきん)類医学研究所の齊藤慶輔・獣医師が担当した。同研究所は、環境省からの委託を受け、センター内で傷ついた希少猛禽類の保護、治療、リハビリテーションを行う団体で、齊藤さんが代表を務める。
日本では数少ない野生動物専門獣医師である齊藤さんは、傷ついた猛禽類の治療と野生復帰に努める。同時に、傷病・死亡の原因を徹底的に究明し、その予防のための生息環境の改善を「環境治療」と命名し、例えば鳥たちが感電事故、交通事故に遭わないような環境整備に取り組む。絶滅の危機にある鳥たちを守る活動は、『野生の猛禽を診る』などの自著のほか、「プロフェッショナル 仕事の流儀」「情熱大陸」などのテレビ番組でも紹介され、献身的な活動は多くの人たちから共感を得ている。
齊藤さんによると、天皇ご夫妻には、狩猟用鉛弾による鉛中毒、発電用風車への衝突(バードストライク)、列車事故を中心に説明したという。例えば、鉛弾についてであるが、北海道では2000年から段階的に鉛ライフル弾、鉛散弾の使用が禁止され、14年からはエゾシカ猟時の鉛弾所持も禁止された。ところが、オオワシなどの鉛中毒は依然として発生する。鉛弾を撃ち込まれたエゾシカなどの死体をワシが食べて鉛を取り込むケースが多い。鉛弾が「合法」である本州から持ち込まれ、使われている可能性がある。1990年以降、北海道ではオオワシなど200羽以上が鉛中毒死したことが確認されている。
説明を聞いたご夫妻は、鉛弾規制の現状にとても興味を示した。鉛中毒を含め、人間の活動によって多くの猛禽類が傷ついている現状について雅子さまは「心が痛みますね」と悲しい表情を見せたという。
同センターには現在、北海道の大自然で食物連鎖の頂点に立つオオワシ(約20羽)、オジロワシ(約40羽)、シマフクロウ(2羽)が保護されている。ワシは1羽1日1㌔のサケやホッケなどを食べ、エサ代にも大変な苦労がある。雅子さまは「寄付で集めているのですか」などと質問し、齊藤さんが資金調達について説明すると、天皇陛下からは「大変でしょうが、頑張ってください」との励ましがあったという。
保護された猛禽類のすべてが自然に帰せるわけではなく、センターで「終生飼育」される個体も少なくない。ご夫妻は、その「終生飼育」される鳥たちを見学した。鳥たちを驚かせないよう、小さな小窓からケージ内部を覗(のぞ)く仕組みになっている。雅子さまは、「とても穏やか」と感想を話したという。交通事故などでクチバシを失いながら、義嘴(ぎし)(人工のクチバシ)を使って生活するオジロワシもいて、ことのほか興味を示した雅子さまは「すごいですね」と感心した様子だった。
32年前のワシの写真
齊藤さんによれば、ご夫妻の言葉がありきたりでなく、野生生物に心から関心を持っていることが伝わってきたという。齋藤さんは「共感やねぎらいのお言葉をたくさん賜りました」と語る。皇室の活動は、地道だが大切な仕事をする人に光を当てる役割がある。ご夫妻のセンター訪問によって、野生生物保護に関心が高まることは、自然保護関係者の大きな励ましになるであろう。
ご夫妻はともに、視察を楽しみにしていたのではないだろうか。天皇陛下は独身時代の1991年3月にも釧路湿原を訪れたことがある。その時、撮影したワシとみられる写真を今回持参し、齊藤さんに「この鳥の種類はなんでしょう」と尋ねる場面もあった。齊藤さんによると、写真は小さくてはっきり断定はできなかったが、「翼の特徴から考えると、海ワシ類(オオワシかオジロワシ)ではないでしょうか」と答えた。
齊藤さんは南アルプスの山々が猛禽類の生息地であるという話題を出した。すると、登山経験が豊富な天皇陛下は登山の話で返し、とても盛り上がったようだ。また、那須御用邸での経験と思われるが、イヌワシが上空にやってきて、カラスに囲まれてしまった様子も陛下は披露した。小学校の卒業文集で「じゅう医さんになりたい。ムリカナ」と夢を書いていた雅子さまもまた視察を楽しみにしていたに違いない。
皇室の新たな役割
振り返ると、ご夫妻は即位の年(2019年)の「全国豊かな海づくり大会」でも、秋田県動物愛護センター「ワンニャピアあきた」を訪れている。「殺処分ゼロ」を目指す秋田県が犬猫を保護し、啓発活動を担う施設である。天皇・皇后の地方訪問では、福祉施設などが視察対象となることが多く、「動物」が主役である施設訪問は令和になっての新機軸である。平成の行幸啓のキーワードが「福祉」だとしたら、令和のキーワードは「環境」「生き物の共生」かもしれない。
世界を見ても、英王室のウィリアム皇太子は、アフリカ野生動物保護組織を支援する。絶滅の危機にある動物たちの保護活動に取り組み、野生動物の違法取引などで発言を続ける。
野生動物が開発などで危機に瀕(ひん)する現状からワシントン条約が採択されたのは1973年。日本でも93年に「種の保存法」が施行された。天皇ご夫妻が、犬猫や野生生物の保護施設を訪れるのは、お二人が個人的に動物好きだという以上に、ロイヤルファミリーがそうした活動を行うのが、時代の潮流のなかにあるためだ。これまでも、世界自然保護基金(WWF)ジャパンの名誉総裁を務める秋篠宮さまが、気候変動への危機感を示した例もある。今後は、天皇ご夫妻による、踏み込んだ活動や発信もあるのではないだろうか。恵まれない人や災厄に見舞われた人を励ますという従来の役割に加え、地球環境を守るための発信も皇室の重大な役割になっていくであろう。
何よりも、野生動物を見るご夫妻が楽しそうに見えたのが印象的である。動物への愛情あふれるお二人の個性がにじみ出たセンター訪問であった。
もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など