アメリカ産業界で強まった“新しい独占”の実態を詳述 評者・上川孝夫
『現代アメリカ経済論 新しい独占のひろがり』
編者 大橋陽(立命館大学教授) 中本悟(立命館大学特任教授)
日本評論社 2860円
現在のアメリカは、中国や新興国による追い上げがあるものの、世界最大の経済大国としての地位を維持している。だが、そのアメリカで「新しい独占」が広がっている。本書は、この斬新な切り口から、現代アメリカ経済の解明に迫った労作である。
独占といえば、GAFAMのような巨大IT企業が思い浮かぶ。膨大なデジタルデータなどを収益基盤とし、ネットワーク効果によって急速に独占化が進行したが、そこにIT時代における独占の新しさがある。だが、それだけではない。ここ40年ほどの間に、アメリカのほとんどの産業部門で市場集中が進み、独占化の傾向が強まったという。本書はIT産業に始まり、資産運用会社、農業・食品加工業、小売業、さらに軍需産業に至るまで、その実態を詳しく論じている。
歴史を振り返ると、アメリカは独占を規制する「反トラスト政策」を展開してきたことで知られる。なぜ、変化が起きているのか。本書が指摘するのは、反トラスト法の中身や運用が変わり、行政や司法が独占化の傾向を容認するようになったことだ。例えば、企業合併では、国際競争力の強化や効率性の改善、消費者利益があれば、独占化をもたらすものでも容認された。当局の対応には、市場原理主義に立つシカゴ学派の強い影響が示されており、その点にも新しい独占の特徴があると見る。
本書にはアメリカの独占化傾向とグローバル経済との関わりも分析されている。メキシコなどヒスパニック系の「非正規移民」や、インドを中心とする「高度人材」が国内に流入する一方、米系多国籍企業は国際分業に基づくグローバル・バリューチェーンの構築を進めた。アメリカのドルは依然として支配的な国際通貨として機能している。
新しい独占に関連して、アメリカのインフレをめぐる議論も興味深い。この間の相次ぐ利上げが物語るように、アメリカのインフレ圧力は強い。その要因として民間需要の回復や労働市場の逼迫(ひっぱく)、エネルギー価格などが指摘されるが、本書は市場支配力のある企業の価格設定行動にも注目する。コスト上昇分以上に製品価格が引き上げられた結果、物価上昇要因の約6割は利潤の増加によるとの推計も紹介されている。
そのアメリカで再び反トラスト政策のあり方が模索されているという。非正規移民に対する排外感情は根強く、高度人材の獲得競争も激しい。圧倒的なドル覇権も揺らぎ始めている。アメリカ経済の今後を考えるうえでも有益な書物である。
(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)
おおはし・あきら 1972年生まれ。現代アメリカ経済史が専門。著書に『現代アメリカ消費者信用史』など。
なかもと・さとる 1955年生まれ。現代アメリカ経済研究が専門。著書に『現代アメリカの通商政策』など。
週刊エコノミスト2023年10月3日号掲載
『現代アメリカ経済論 新しい独占のひろがり』 評者・上川孝夫