国際・政治

中東情勢などの上昇圧力で年内は原油1バレル=100ドルも IEAは「2050年に25ドル」の無理筋シナリオ示す 吉田哲

中東情勢の緊迫は原油相場にも影響(米ニューヨーク市でハマスによる人質の解放を求める人々)Bloomberg
中東情勢の緊迫は原油相場にも影響(米ニューヨーク市でハマスによる人質の解放を求める人々)Bloomberg

 イスラエルとパレスチナのガザ地区を実効支配するハマスの軍事衝突が激化している。今後の原油相場を占う上で必要なことは、中東情勢およびここ数カ月間継続している材料を俯瞰(ふかん)することだ。具体的には、上昇圧力:①中東情勢、②OPECプラスの減産、下落圧力:③米国の金融政策、④中国の景気動向だ。この四つがどう交わるかで、価格推移が決まる。①は沈静化の兆しが見られず、②は同組織全体の減産が2024年12月まで継続することが決定していることから、ともに供給への懸念を強め、今後も原油相場に上昇圧力をかけ続けるだろう。

 一方、③は急激な利上げが行われた昨年ほどではないものの、まだ利上げへの温度感が高い状態が続いており、利上げ継続観測→景気鈍化懸念醸成という経路で、引き続き原油相場に下押し圧力をかけると考えられる。④だが、同国の一部の経済指標が改善したり、石油関連の統計で需要見通しが上方修正されたりするなど、景気回復の兆しが見えつつあることから、徐々に原油相場への下落圧力が減退する可能性がある。下落圧力が減退すれば、原油相場は上値を伸ばしやすくなる。①から④起因の圧力を総合的に考えれば、目先の原油相場の方向性は上昇とみてよいだろう。年内、WTI原油は1バレル=90ドル前後の水準が定着すると予想する。

 また、①に関わる情勢がさらに悪化、②で減産量拡大、③で利上げ打ち止め感が強まる、④で景気回復期待がさらに高まるなど、四つの材料が一様に上昇圧力をかける状態になった場合は、同100ドルに到達する可能性もあると考える。

化石燃料は8割減

 一方、IEA(国際エネルギー機関)は9月26日、21年に自身が公表した「ネットゼロ・シナリオ(NZEシナリオ。50年までにエネルギー部門からの二酸化炭素排出量をネット(正味)ゼロにするシナリオ)」の最新版を公表した。IEAは同シナリオの中で、原油価格(足元、90ドル前後で推移)は、30年に半値以下の42ドル、40年に30ドル、そして50年に25ドルまで下落するとした(表、拡大はこちら)。

 NZEシナリオは、脱炭素が進む過程で、燃焼時に二酸化炭素(温室効果ガスの一つ)を排出する化石燃料(石油、天然ガス、石炭)の需要が急減することを想定している。化石燃料の代替は、「新しい石油」と定義する「電力」だ。自動車などの運送の分野で電化が飛躍的に進む(電気自動車が急速に普及する)ことや、発電の分野で再生可能エネルギーである太陽光や風力などの利用が急増することを想定する。これにより、50年までにエネルギー部門からの二酸化炭素排出量のネットゼロを達成し、2100年までに世界の平均気温の上昇を1.5度(産業革命前比)に抑え、パリ協定の目標を達成できるという。

 同シナリオに基づけば、22年から50年にかけて石油の消費量は75%減、天然ガスは78%減、石炭は86%減となる。これにより石油の消費量は1965年の水準を下回るまで減少、石炭(特に発電用)の代替としての天然ガスの消費量さえも減少する模様だ。いかにこのシナリオが、太陽光や風力由来の電力に依存しているかがわかる。「大胆さ」は、化石燃料の消費減少の規模だけでなく、消費減少が始まるタイミングにも表れている。

 NZEシナリオが示す、先進国と新興国・途上国が排出する温室効果ガスの排出量の推移(図)を確認すると、先進国についてはすでに同ガス排出量の減少が始まっており、今後はその傾向が強まることを想定している。45年以降は排出量が吸収量(排出権を購入したり回収して貯留したりして作る)を下回る状態「カーボンネガティブ」を達成することも想定している。一方、先進国の排出量のおよそ2倍の規模である新興国・途上国については、今まさに増加傾向にある排出量が「これからすぐに急減」することを想定している。排出量削減への直接的な負担の大きさは、先進国よりも新興国・途上国のほうが大きいといえる。

負担は77兆円にも

 先進国については、新興国・途上国を支援することが前提となっているため、金銭面での負担が膨大になる可能性がある。例えば、インドの22年の二酸化炭素排出量はおよそ26億トンだった(Energy Instituteのデータ)。表で示した二酸化炭素の価格(仮に30年の想定である90ドル/トン)と掛け合わせると、22年に同国が排出した二酸化炭素は、およそ2340億ドル(35兆円)相当となる。

 NZEシナリオでは、年月が経過すればするほど二酸化炭素の価格は上昇する。このため、仮に排出量が変わらなかった場合、インドが排出する二酸化炭素の価値は、40年に約1.7倍(およそ4160億ドル、62兆円相当)、50年に約2.2倍(5200億ドル、77兆円相当)に膨れ上がる。

 NZEシナリオは温室効果ガス排出削減にあたり、新興国・途上国に直接的な負担、先進国に金銭面の負担が大きくなることを想定している。先進国は、自らがさらなる排出削減をした上で(新興国・途上国に見本を示した上で)、支援しなければならない。支援にあたっては省エネ技術の提供だけでなく、新興国・途上国が排出した二酸化炭素を回収・貯留したり、支援に足るだけの排出権を購入したりするケースが想定される。シナリオが現実のものになるかは、先進国が大きな負担をクリアできるかにかかっているといえるだろう。IEAがこのシナリオはパリ協定の目標を達成するための唯一の道ではないとしていることは、IEA自身がこのシナリオの難易度が高いと認識していることを暗示している。

(吉田哲・楽天証券経済研究所コモディティアナリスト)


週刊エコノミスト2023年11月7日号掲載

原油相場 中東情勢緊迫で年内は100ドルも IEAが示す25ドルの大暴落シナリオ=吉田哲

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