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カタストロフ2024 ジャニーズ、安倍派の瓦解 腐敗と不正の政治権力は崩れるか! 白井聡

政府の能登支援はなぜ遅れたのか?
政府の能登支援はなぜ遅れたのか?

 戦争と原発震災によるカタストロフを回避するには主権者の覚醒しかない

 ジャニーズ事務所、安倍派、そして自民党……権力的な組織が崩壊しつつあるいま、一方で禍々しいカタストロフが私たちに迫っている。原発震災、戦争……。最注目の政治学者が、迫り来る破局を鋭く解析し、主権者の側からの社会変革を探る入魂の一篇。

 始まったばかりの2024年における日本の焦点は、「体制」が崩れるか否か、以外にあり得ない。ここで言う「体制」とは、筆者が「2012年体制」(詳しくは拙著『長期腐敗体制』角川新書、2022年を参照)と呼んできた権力の構造を指す。この体制の下での日本社会の状態を形容するのに「停滞」とか「閉塞(へいそく)」といった言葉では到底不十分である。無能と腐敗と不正を極めたこの権力構造は、日本社会を全般的な解体へと導きつつある。

 政府は国民を守らない 能登の深層

 それが具体的現実のかたちをとったのは、元日に発生した能登半島地震によってであった。今後さらなる検証が行われなければならないが、政権の初動対応には深刻な疑問符が付く。とりわけ、自衛隊のなかでも最も練度の高い精鋭部隊と言われる陸自第1空挺団の訓練始めの行事が1月7日に習志野演習場で予定通り開催されたことに、筆者は驚愕した。大規模災害への対応は、同部隊の本来業務に含まれる。かつ、今次の震災においては、元々陸路によるアクセスが限られる半島地域で道路が各所で破壊され、海路も津波と大規模な隆起により港湾施設が破壊されたため、ヘリコプターによる人員や物資の空輸が残された最も有力な救援手段となった。空挺団は、まさにこのような状況に対応するための存在であったはずだ。その最有力の組織に動員が掛からず、地震発生の六日後には訓練の儀式を行っていた。譬(たと)えるなら、試験の当日に模試を受けているようなものだ。

 そして、震災は原発の問題を再燃させてもいる。震度7の直撃を受けた志賀(しか)原発が稼働中であったらどうなっていたか、正直なところ想像したくもない。同原発の外部電源は一部が失われ、復旧には半年もの時間を要するという。事故発生時の避難経路とされていた道路はダメージを受けた。3・11を受けて2013年に施行された新規制基準のもと、志賀原発は再稼働に向けた安全審査中であった。新規制基準には緊急時の避難経路に関する規定がないことがこれまでも批判されてきたが、震災はこの不安のまさに証明となった。にもかかわらず、岸田首相は、「新規制基準に適合すると認めた場合のみ、地元の理解を得ながら」と留保をつけつつも「再稼働を進める方針は全く変わらない」と表明した。ここにあるのは狂気以外の何物でもない。

 能登半島地震への対応の拙(つたな)さは、助かるはずの命を現にいま殺しつつある。おそらくは震災の規模を見誤ったゆえの初動対応の遅れ、そしてそれを隠蔽(いんぺい)するための工作(被災地でのドローン飛行の禁止や私的イニシアチブによる活動の禁止)が強く疑われる。権力構造の自己維持が当該権力の存在目的に勝り、存在目的を犠牲にしても自己維持が図られる、つまり国家権力は国民の生命や財産の安寧を図るために存在しているはずが、それらを蔑(ないがし)ろにして権力構造が維持されるというこの日本の権力構造の性格――それはあの戦争において大量の人々を殺した――は、その恐ろしさを福島第一原発の過酷事故によって白日の下に晒(さら)したにもかかわらず、依然として微動だにしていない。

 盛者必衰=どんな権力も必ず滅びる

 しかし、である。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅(しゃら)双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらわす」(『平家物語』)。昨年来、このあまりに有名な言葉は、われわれの実感に訴えかけるものとなった。芸能の世界における大波乱は政治と一見無関係に見えるが、人々の無意識に作用することにより、深甚な意味を持ちうる。盤石に見えたジャニーズ事務所の覇権は、英BBCによる故ジャニー喜多川への告発報道以降、急速に崩壊した。同じように、性加害告発を受けた松本人志は、事実上の引退に追い込まれつつある。また、本件の余波は、松本個人を超えて吉本興業の覇権をも突き崩す可能性がある。

 そして、我が世の春を謳歌(おうか)してきた安倍派=清和会の覇権も終焉(しゅうえん)を迎えることは確実だ。本稿執筆中の現在、東京地検特捜部は安倍派幹部を立件しない方針であると報道されている。検察の捜査が安倍派の大物政治家に対して目こぼしをする可能性は大いにある。だが、安倍派が四分五裂に陥り、力を失うことになる可能性もまた高い。これも「帝国の崩壊」ではある。

 どれほど堅固で永久に続くかに見えたものでも、いつかは必ず滅びる。国際情勢に目を転じれば、ウクライナ・ロシア紛争の発生以降、アメリカの覇権の危機がいよいよ鮮明となってきた。アメリカを中心とする先進諸国がロシアを非難し、制裁を呼び掛けるなかで、途上国(グローバルサウス)は呼び掛けを無視し続けている。「北」の先進諸国は、途上国に対して意志を押しつけることがもうできないのだ。揺らいでいるのは、大航海時代以来の「北」の優位、「南」の劣位という地球規模で最も枢要な権力構造である。

白井聡氏
白井聡氏

 第一のカタストロフは原発震災だ

 ゆえに、2012年体制も必ず壊れる。そこでの問題は、その崩壊が内発的な政治改革・社会変革によって成し遂げられるのか、それとも何らかのカタストロフを通じて強制されるのか、というところにある。筆者の見るところ、前者のシナリオは想像するのが難しいのに対し、後者のシナリオは相当に現実味を帯びてきた。

 カタストロフをもたらすきっかけの第一候補は、やはり原発震災である。「原発の過酷事故が再び起きるかどうかは運次第だ」と筆者はかつて書いたことがあったが、能登半島地震の光景を見るに、現実味を増している。昨年三月、志賀原発の新規制基準への適合審査に際して、発電所直下の断層を活断層でないとする北陸電力の主張を原子力規制委員会は認めた。活断層の可能性を否定できないとした規制委の有識者調査団の2016年の判断は覆されたのであった。原子力規制委員会の断層に対する評価の甘さは明らかである。そして、原発銀座、若狭湾にも数多くの断層が確認されている。今次の地震では能登半島とその沖合の断層が大きく動いたが、懸念されるのはその南東に位置する若狭湾の断層への影響の波及である。現在、高浜原発、大飯原発、美浜原発が稼働しているが、いずれの原発も再稼働に向けた審査においては活断層の存在をめぐって論争、意見対立が起きている。安全だと言い切れるような場所はどこにもないのである。

 考えられる第二のカタストロフは、戦争である。興味深いことに、マスコミ各社による年明け最初の世論調査結果によれば、岸田政権の支持率は下げ止まり、持ち直している。すでに述べたように岸田政権の能登半島地震への対応は悲惨である。にもかかわらずこうした数字が出る理由は、緊急事態の発生それ自体にしか求められ得ない。はっきり言えば、これが現在の日本の有権者の水準だ。

 そして、ウクライナ紛争以来、軍事的緊張は世界中で高まっている。イスラエルとハマスの戦いはすでにイエメンに波及しており、イラン等を巻き込んで中東の広域に広がるか否かが焦点となっている。さらには、サハラ南部地域、ベネズエラとガイアナの国境問題も緊迫している。いずれもグローバルサウス勢力とG7諸国との対立という構図を見て取ることができるのであり、「グローバル南北戦争」と呼ぶべき事態が姿を現している。われわれにとっての最悪の事態は、この戦火がアジア地域に飛び火することにほかならない。

「失われた30年」の間に国力が衰退し貧困と生活苦が増大するなかで、日本の支配層は、歴史修正主義とエスノ・ナショナリズム、レイシズムを核とするアイデンティティ・ポリティクスを煽(あお)ることによって湧き上がる不満を逸(そら)らしてきた。このプロセスは、独立以降産業の衰退が止まらず、汚職が蔓延(まんえん)するなかで、国民の不満を逸(そ)らせるために民族主義的なアイデンティティ・ポリティクスに傾斜したウクライナの政治とその悲惨な末路に重なる。台湾有事に巻き込まれるかたちであれ、あるいは別のかたちであれ、日本が他国と戦争状態に入ることを、日本の支配層が権力維持の手段として用いるとしても、筆者はまったく驚かない。そして実際、そのような事態は、権力への批判よりも、権力に対する支持を生むであろうことを今次の震災は証明しているかのようだ。

 他方で、東京地検特捜部による安倍派をはじめとする自民党の裏金問題に対する捜査は、2012年体制を脅かす気配を一時見せた。仮にパーティー券収入からの資金還流がすべて立件され有罪判決が下されるならば、3ケタの単位で自民党議員の公民権が停止され、同党は崩壊する。しかし現時点では、立件される国会議員は池田佳隆、大野泰正、谷川弥一の三名のみにとどまる見込みだ。これに対して国民感情は煮えたぎっており、検察批判の声がSNSを舞台に飛び交っている。

 この社会を批判し、打倒するしかない

 注目すべきは、この過程で検察に対する国民の感情が「期待」から「激怒」に変化してきたことだ。新聞は次のように報じている。「自民党派閥の政治資金パーティーをめぐる事件で、政治資金規正法違反容疑で任意聴取された最大派閥・安倍派(清和政策研究会)の幹部議員について、東京地検特捜部が立件を断念する方向で調整していると報じられた13日、それまで「検察がんばれ」と激励してきたネット上では、一転して「#検察仕事しろ」がトレンド入り。14日になってハッシュタグ投稿が10万を超える「ネットデモ」状態になった」(中日スポーツ、1月14日)。

 重要なのは、検察の正義感への期待(「がんばれ」)に、義務を果たすことへの要求(「仕事しろ」)がとって代わったことだ。今次の捜査は特捜検察の捜査がつねにそうであるように、国策捜査の一種である。検察は、政治的意図と組織利害によって事件を恣意(しい)的に「作る」。小沢一郎が狙われた陸山会事件がその代表であり、村木事件においては証拠の捏造(ねつぞう)にまで踏み込んだ。今回の自民党裏金問題では、同じく恣意的に事件を見過ごそうとしている。こうした機関に善意や正義感を求める方が間違っている。検察に「がんばれ」と言うことは、彼らの恣意性をより一層許容し、彼らの「自分たちこそ国家の担い手だ」という歪(ゆが)んだエリート意識を肯定することでしかない。筆者が『長期腐敗体制』で書いたように、検察など2012年体制の一構成要素にすぎず、自発的に体制を破壊することなどあり得ない。

 そしてそもそも、国家機関に善意を期待し、善行をお願いするという姿勢が、国民主権の国家の有権者として根本的に間違っている。実態はどうあれ論理的には、主権者たる国民は、公務員たる検察官に対し、命ずる立場にある。「がんばれ」から「仕事しろ」への論調の交代には、このことへの気づきの萌芽(ほうが)がある。

 思えば、安倍超長期政権が「体制」と化し、55年体制の実質的後継たる2012年体制が成立したのは、日本国民がそれを選択したからにほかならない。本稿で述べたカタストロフが起きるとすれば、そのツケを払う者も日本国民自身以外ではない。そして、カタストロフを避けることができるとすれば、国民が主権者として覚醒し、この腐り切った政治体制とそれを成り立たしめた社会に対する批判と闘争を遂行し、打倒する以外に手段はない。それがいかに困難であるにせよ、ジャニーズ事務所が倒れ、吉本興業も倒れつつあり、清和会も倒れたいま、この真実への覚醒に到達する機は熟しつつあるのだ。

しらい・さとし

 1977年生まれ。政治学者。『永続敗戦論』で石橋湛山賞、角川財団学芸賞を受賞。他の著書に『「戦後」の墓碑銘』『国体論』『主権者のいない国』『長期腐敗体制』『マルクス 生を呑み込む資本主義』など

「サンデー毎日2月4日号」表紙
「サンデー毎日2月4日号」表紙

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