海底熟成で味の変化を楽しむ――本間一慶さん
北海道海洋熟成代表取締役社長 本間一慶
お酒を海底に沈めると味はどう変わる? 沈める場所で違いは出る? プロの好奇心から生まれた事業が実を結びつつある。(聞き手=位川一郎・編集部)
お酒を北海道の10~45メートルの海底に沈めて熟成する事業をしています。現在行っているのは、厚岸、サロマ湖、能取湖、知床、釧路、知内、木古内、余市、積丹、増毛の10カ所。他にもう1カ所で準備中です。これまでに沈めたお酒は累計で1万3800本になります。北海道は水温の低さが熟成に適しているうえ、台風の直撃を受けにくく、1年間安全を確保しやすいのもメリットです。道外の地域で海底熟成をやっている会社もありますが、秋から5月ごろまでがほとんどです。
お酒を沈めると、波の振動が瓶を揺らして中のアルコール分子と水分子が新たな結びつきになり、味わいが変わるんです。全体的には、アルコールの角が取れて味が丸くなる傾向にあります。各海域で波の周波数帯が違うので、各海域の味になります。海のテロワール(土地の個性)ですね。ボトルには、海洋微生物が付着して石灰化したものやフジツボなどが付きます。これも海域によって付くものが違います。
味わいの変化について、同じお酒を違う海域に同じ時期に沈めて同じ時期に引き揚げる実験をしました。味覚データを大量に持つ「味香り戦略研究所」(東京都中央区)に分析してもらい、各海域の味の「見える化」ができました。今後は海底熟成による「味の着地点」の設計も可能だと思っています。このワインをもっとまろやかにして熟成感を出したかったらこの海とか、このウイスキーでこの海域なら10カ月と10日沈めるのがいいとか。
現在、「海底セラーサービス」という、酒造会社、酒販会社、飲食店などから預かったお酒を1年間沈めてお返しするサービスをしています。私のバーでは、沈める前、沈めた後のお酒をテイスティングセットとして提供して、味わいの変化を楽しんでもらっています。酒販サイトやデパートの催事でも海底熟成酒を販売しています。
「自分で沈めてしまおう」
2010年、海外の沈没船からサルベージされたお酒がオークションにかけられたことを知って、バーテンダーとしての好奇心から「飲んでみたい」と思いました。ただ、1本1000万円とか2000万円で簡単に買えない。それなら「自分で沈めてしまおう」というのが始まりでした。14年から実験を繰り返しましたが、コロナ禍でバーの営業ができなくなり、収入を作るために海底熟成を事業化することにしました。
コロナ禍では、どの漁業者も飲食店などが閉まって売り先が減りました。各地の漁協に話して、沈めたお酒と地元の魚介類をセットにしたリターンでクラウドファンディングをやったところ、新しい試みが注目されて海域が増えました。ふるさと納税の返礼品にも熟成酒が4町で採用されました。今後、地元の魚介類と沈めたお酒の相性についてもデータを集めて検証し、地域に貢献したいと思います。
もう一つ、沈めたお酒のケースやブイとつないだロープに海藻が生えることも分かりました。海に森をつくるブルーカーボン(海の生態系が蓄える炭素)の取り組みも進めます。
企業概要
事業内容:海底セラーサービス事業管理運営
本社所在地:札幌市
設立:2020年5月
資本金:100万円
従業員数:1人
週刊エコノミスト2024年2月20・27日合併号掲載
本間一慶 北海道海洋熟成代表取締役社長 海底熟成で味の変化を楽しむ