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東大号60th記念鼎談6 「推薦入試」導入の効用と公立勢の復権 2014~23年 東大合格者高校別ランキング・ベスト20史
進学校はかく変わりき/6
ジェンダー平等へのうねりや政治の裏金問題など悪弊も含めた日本の〝常識〟があちこちで揺らいでいる。時代変化の中に大学、そして大学入試はどう位置づけられるのか。「東大号60th」を振り返るシリーズの最終回では東大の今と〝これから〟を見つめてみたい。
2月13日に東大が発表した学校推薦型選抜(2024年度入試)の結果によると、合格者は91人だった。「100人程度」とされる募集人員には届かなかったが、21年の92人に次ぐ多さで、16年の推薦入試導入から続く〝定員割れ〟からの脱却も視野に入ってきそうだ。
同時に注目されるのは、女子が42人合格し、合格者の女子比率が46・2%と過去最高になったことだ。男だらけのイメージが根強い工学部(30人合格)にも4割近い11人が合格。入学後、理Ⅰ~Ⅲに所属する推薦型合格者の女子比率は37・0%に上り、〝理工系女子〟の躍進が目立っている。推薦型導入により学部生の「多様性」拡大を目指してきた東大にとっては手応えのある結果だったはずだ。
推薦型「9年」の評価=社会への浸透にはさらに10年が必要?
教育ジャーナリスト・小林哲夫 ランキング自体には(推薦型導入による)大きな変化は見えないですね。駿台予備学校・石原賢一入試情報室部長 (募集人員の)100人に届きませんからね。大学通信・井沢秀情報調査・編集部長 当初は出願できるのは1校から最大2人(男女1人ずつ)でした。
小林 女子の枠を増やしたんでしょう?
――21年度入試から出願可能人数が共学校は4人(男女それぞれ上限3人)、男子校と女子校は3人に広がり、結果的に〝女子枠〟が広がったといえます。男子校や女子校が多い私立の中高一貫校に有利な改変ともいわれました。
小林 推薦型の枠内では女子比率は上がっているが、一般選抜を含めた全体ではようやく2割(23年度入試では22・3%)ですね。
石原 推薦型によって東大が変わるかといえば、私は20年かかると思います。2030年を超えたあたりから推薦型の志願者がもっと増えるでしょう。推薦型で入学した人たちが卒業生の中に増え、社会のど真ん中で活躍するようになれば、周りの意識も変わると思う。言葉は悪いけど、今はまだ東大生の中にも「別枠で入った」と思っている人が結構いるんです。
井沢 そうですね。16年の導入当初は東大当局者も推薦型の入学者が「そういうふうにならない(陰口をたたかれない)ように守る」と言っていました。
石原 将来は入学定員の10%、300人くらいは取るようになると思う。本当はもっと多いほうがいいんだけどね、この国のためには。
線路は続くよ東大に=北陸新幹線「延伸」効果はどう出る?
――東大が推薦型で何をしたいのか、よく見えていないということでしょうか。石原 要は変わった学生がほしいんです。自分たちが面白いなという学生を取るための方法ですよ。
井沢 16年から途切れずに合格者を出しているのは都立の日比谷と私立では渋渋(渋谷教育学園渋谷)の2校だけです。日比谷は受験指導でガリガリやらせるってよくいわれますが、東大が求める研究分野を担う人材とか、一般学力以外の東大の目にかなう資質も育てられているといえます。
石原 日比谷はこの10年、常に10位前後を保つようになりましたね。横浜翠嵐も20年代に入り、安定して上位を保っています。
井沢 翠嵐が入って湘南が復活できないのは……。
石原 神奈川県内の公立校がはっきり序列化されていますからね。学区制がなくなったことが大きい。
井沢 翠嵐には地の利もあります。交通の便がいい。
小林 神奈川といえば、前の10年に入りますが、聖光学院が2010年、それまでの30~40人台から65人にぐんと合格者を増やしました。これは01年に埼玉、東京、神奈川を一本でつなぐ湘南新宿ライン(*)が開業し、広範囲から生徒が集まったからだとされます。同じ10年に豊島岡女子学園が24人合格と初めて20人台に乗せたのも湘南新宿ライン効果といえるでしょう。
――小林さんには第3回で開成が1977年に初めてトップに立った要因として71年の国鉄西日暮里駅開業を挙げていただきました。
井沢 ベスト20には入っていませんが、2023年度入試では富山中部(25人合格)など北陸の学校が合格者を増やしました。北陸新幹線効果で東大が心理的にも近くなったといえます。
石原 福井からの志願者は今年、間違いなしに増えています。北陸新幹線の敦賀(つるが)延伸(3月16日)がありますからね。逆に福井大の医学部へも首都圏から受験者が多く集まるでしょう。
新型コロナの「吉凶」=非常時に発揮された公立校の底力
小林 新型コロナの影響は何か読み取れますか。
石原 21年は公立がすごく強かった。理由は簡単で、部活ができなかったからですよ。もう一つはオンライン授業で受験指導が得意な先生が授業を受け持った。井沢 開成が40人近く激減させていますが、これは運動会が中止された影響と見られています。
――開成の運動会は毎年5月に行われ、全学年が一丸となる名物行事ですね。
小林 運動会など行事が中止になり、受験への〝切り替え〟ができなかった高3生が多かったといいます。
石原 公立は高3のインターハイまでは部活を引退しないのが当たり前で、高2で引退する中高一貫校と比べれば不利ですが、底力はあるんです。浦和(・県立)なんか、うち(駿台)の一番のお客様ですけど、浪人しようが関係ない、みたいなすごい勢いですから。
井沢 男子校の強みかもしれないですね。
石原 それは大きいです。
小林 浦高は共学化に反対していますね。一女(浦和第一女子)も同じですが、共学化したら浦高でなくなるから。進学実績含め、校風が変わっちゃう。
石原 東大合格実績は激変ですよ、一女と合併したら。女子は医学部志向が強いですから。
どうなる?次の10年=西の灘、東の開成…王朝は崩れるか
――最後に更なる10年を展望したランキング注目校を教えてください。
小林 西大和学園は伸びるでしょう。初めてベスト20に顔を出した13年(29人合格)当時は詰め込み型でしたが、一度ランキングに入ってしまえば優秀な生徒が集まるので、ガリガリ勉強させる必要がなくなる。昔なら絶対出なかった全国高校クイズ選手権にも今は出ています。それくらい余裕がある。数学オリンピックとか課外的な活動をしながら東大・京大に入っちゃう生徒が集まっていて、渋幕(渋谷教育学園幕張)に近い存在になっています。
井沢 一つには開成の首位は揺るがないだろうと、面白くないですが(笑)。逆にもし開成が落ちるとしたら要因は何なのか。ちょっと分かりませんが、それを考えてみることが、東大入試の変化の方向性を探すヒントになるかもしれない。
石原 ベスト10まではしばらく変わらない気がしますね。新たに東大にチャレンジする学校が出てこないと思います。少子化でそんな余力が高校にない。いよいよ小学生の強烈な減少が始まってますからね。
私たち関西人としては、灘が関西の1番から落ちる年があるのかが最大の関心事です。やっぱり灘のやり方というのが、若い保護者には限界かなとも思うんです。西大和は管理的な指導をしなくなったといいながら、今の保護者が好むような管理はしているんです。灘の生徒の自主性任せへの不安もあります。
井沢 面倒見の良さという意味では、聖光学院が栄光学園を抜いたのがそうだと思います。22年に91人に伸ばし、23年は反動で少し減らしましたが、100人を超えてもおかしくない。
小林 学芸大付とか桐蔭学園が100人台から10人台とか1桁に落ちたのは、保護者からさまざまな理由で敬遠されたから。開成の時代が変わるとしたらそれしかない。開成が何か問題を起こすとは考えにくいですが、日比谷が再び〝神格化〟されて、開成中から日比谷を受けるとか、上位中学の成績優秀者が高校受験で日比谷を目指すコースができたら面白い。ジェンダー平等の流れに乗って開成や桜蔭から、共学で楽しくやりたいから日比谷に行きたいという生徒がもしかしたら出てくるかもしれない……まあ、ないかな(笑)。
(司会/構成・堀和世)
(*)湘南新宿ライン JR東日本は2001年12月のダイヤ改正で、東海道・横須賀線から新宿を経由し、宇都宮・高崎線とつなぐ相互直通運転サービスを開始した。「湘南新宿ライン」はサービスの愛称。
いしはら・けんいち
駿台予備学校入試情報室部長。大阪府出身。1981年に駿台予備学校に入職。学生指導や高校営業を担当後、神戸校舎長、駿台進学情報センター長、進学情報事業部長を経て現職
こばやし・てつお
1960年生まれ。教育ジャーナリスト。神奈川県出身。特に90年代以降、受験など大学問題を中心に執筆。著書に『早慶MARCH大学ブランド大激変』『東大合格高校盛衰史』など。近著は『筑駒の研究』
いざわ・しげる
1964年生まれ。大学通信情報調査・編集部長。神奈川県出身。92年、大学通信入社。入試から就職まで、大学全般の情報分析を担当してきた。新聞社系週刊誌や経済誌などに執筆多数
ほり・かずよ
1964年生まれ。編集者、ライター。鳥取県出身。89年、毎日新聞社入社。元『サンデー毎日』編集次長。2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)など