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「女性宮家」潰しのためにまかり通った歴史の曲解 社会学的皇室ウォッチング! /107 成城大教授・森暢平

2024年新年祝賀の儀での愛子さま(左)と佳子さま(手塚耕一郎撮影)
2024年新年祝賀の儀での愛子さま(左)と佳子さま(手塚耕一郎撮影)

これでいいのか「旧宮家養子案」―第9弾―

 皇位継承に関する有識者会議の報告書(2021年12月)に「女性宮家」の文字は出てこない。その代わり、女性皇族の夫と子どもは皇族とせず、国民とする案が明記される。すると、愛子、佳子の両内親王は皇族なのに、その夫、子が皇族でないという奇妙な家族が生まれる。有識者会議が男系論者に忖度して、女系天皇につながる「女性宮家」をどうしても認めたくなかったためだ。実は、そのために歴史が曲げられていた。(一部敬称略)

 女性皇族の夫を皇族とすれば、論理的に生まれた子も皇族になり、皇位継承権を得る。男系派はこれを女系継承だとして回避したい。だから、女性皇族が結婚しても皇籍を離れないことまでは容認するが、その先の「女性宮家」は頑としても認めないのだ。

 そもそも有識者会議には、衆参両院における附帯決議(17年6月)によって「女性宮家の創設等」について検討し、結果を両院に報告することが求められていた。しかし、その結論である報告書は「女性宮家」の諮問に答えていない。報告書が認めたのは、あくまで女性皇族の結婚後の皇室残留であり、「女性宮家」ではない。有識者会議のバックには、元首相の故安倍晋三ら保守派がいて、「女性宮家」案を潰し、旧宮家養子案をゴリ押ししようとしたためだ。

 妻=皇族/夫・子=国民という、「皇族・国民混成家族」案は立憲民主党が問題点を指摘している。元首相の野田佳彦は次のように書く。「女性皇族の配偶者の立場は一般国民のままですから、あらゆる自由が認められることになります。たとえば配偶者は政治活動を自由に行うことができますし、投票権もある。『私はこの党に票を入れました』なんてSNSに投稿することだってできる。職業選択の自由がありますから、タレントにもなれるし、表現の自由も認められているので、自分の政治的な主義主張を発信することもできます。二人の間に生まれた子供たちにも、そうした憲法上の自由が保障されなければいけません。一方、妻である女性皇族は、選挙権もなく、自由な発言もできない。そんな家庭ができあがるのです」(『文藝春秋』24年4月号)

 加えて言えば、女性皇族だけに皇族費が支払われ、生活の手当がされるが、夫は自分で稼ぎ、子を養わなければならない。

皇女が結婚しても皇親であり続ける

 有識者会議の報告書には「和宮(かずのみや)として歴史上も有名な親子(ちかこ)内親王(仁孝天皇の皇女)は、徳川第14代将軍家茂(いえもち)との婚姻後も皇族のままでありましたし、家茂が皇族となることもありませんでした」とあり、「女性宮家」を認めないことは「皇室の歴史とも整合的なものと考えられます」と書いた。

 報告書は、内閣官房皇室典範改正準備室の官僚が下書きを用意するのだろうが、こうした歴史の曲解が、「女性宮家」を認めないという結論の根拠となっているのは残念だ。

 明治天皇の叔母である和宮が婚姻後も「皇族」であったとする報告書は間違いである。明治の皇室典範ができるまで「皇族」という概念自体がないためだ。それに代わる概念は「皇親(こうしん)」である。

 徳川処分後、和宮は落飾し静寛院宮(せいかんいんのみや)と号を改めた。1869(明治2)年に京都に戻ったあと再び上京し、77(明治10)年に亡くなった。この間、宮廷の成員として、徳川家ではなく国の予算で生活していた。今の概念から見れば「皇族」のように見える。だが、当時の概念で言えば「皇親」である。

「皇親」について、「皇族」のことだと説明する辞書もあるが、正確ではない。近代の概念である「皇族」は婚姻で身分が変わる。小室眞子は結婚したから「皇族」ではなくなり、雅子皇后は結婚して「皇族」になった。これが「皇族」である。

 ところが、前近代の「皇親」概念は婚姻と関連しない。和宮は結婚しようがしなかろうが、生涯「皇親」であり続ける。臣下の娘が天皇と結婚して皇后になっても「皇親」にはならない。徳川家康の孫、和子(まさこ)は後水尾天皇に嫁いだが「皇親」ではない。「皇親」とは天皇と血統的繋がりがある者を指す言葉だ。

保守派が家族を壊すという皮肉

 明治に皇室制度を作り上げる際に重要だったのは、「家族」性である。西洋的な一夫一婦の男女と、その子どもからなる「近代家族」こそ、皇室制度の重要な核となる。天皇家は、複数の宮家に囲まれ、それ全体が皇室という空間を構成する。これが近代的な皇室秩序である。

 一方、江戸時代の上流階層の夫婦には、側室が許されるなど家族秩序は近代とは異なる。妻が子を成さなかったり、夫が亡くなったら実家に帰されることもあった。未亡人となった和宮の面倒を見たのが、徳川家でなく、天皇家であるのも前近代的な家族観からみれば、通常の慣行である。これが江戸期宮廷の伝統であった。

 江戸時代までと、明治以降では、天皇の家族性は大きく変わる。「皇室」という呼び方さえ、明治時代に発見された。「室」とは部屋のことで、つまりは家族の暗喩である。西洋的な近代家族性を取り入れる大変革をしたからこそ、西洋概念であるImperial Familyの概念を入れて「皇室」と呼ぶようになったのだ。天皇周辺の家族を指す「皇族」も明治中期に発明された。

「皇族・国民混成家族」案は、有識者会議が、今後の日本社会の家族の多様性を反映させるがために編み出した案ならまだ分かる。しかし、そうではない。伝統的な家族観を重視する保守派が、「女性宮家」を潰すために出した案である。保守派が、逆説的に皇室の家族を壊そうとしているのは皮肉なことだ。

 和宮・家茂夫妻は「皇族・国民混成家族」であり、それが、皇室の伝統であるという主張は滑稽(こっけい)としか言いようがない。有識者会議は最初から結論ありきで、自分たちに都合のよい専門家しか呼ばなかった。だからこんな情けない報告書になる。(以下次号)


もり・ようへい

 成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など

「サンデー毎日3月31日増大号」表紙
「サンデー毎日3月31日増大号」表紙

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