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寺島実郎、渾身の「日本再生構想」日米同盟のパラダイム転換へ 倉重篤郎

日本はいつまで対米従属の道を進むのか
日本はいつまで対米従属の道を進むのか

 欧米とアジアとの葛藤に満ちた関係のなかで自己形成してきた近現代の日本。その針路に有力な提言をした論客に、福沢諭吉、石橋湛山らがいる。そしていま、日本のGDP世界比重が極端に落ち込み、従米構造が強化され、金権政治が露わになったこの時に、寺島実郎氏が渾身の未来構想を語る―。

 優れた構想は、時代と対峙(たいじ)しながら時代を動かす。振り返れば、明治維新以降の近現代史で、転換期の日本を動かした市井の先人たちによる国家構想があった。

 1885年、福沢諭吉は「脱亜論」を時事新報に発表、明治期日本の方向性がまだ葛藤中の時代に、隣国の開明を待ってともにアジアを興すよりも、そこから脱して欧米に学び近代国家としての体制整備を優先すべきだ、と説いた。その脱亜入欧論は、通奏低音として国民の心を捉え、その到達点が日英同盟の実現(1902年)となった。

 1921年、石橋湛山が「一切を棄(す)つるの覚悟」「大日本主義の幻想」という論考を東洋経済新報に掲載、植民地として明治維新以降に領有した台湾、朝鮮、樺太を捨て、中国、シベリアへの干渉もやめるべきだと書き、小日本主義として、産業主義、自由主義、民主主義を掲げて対峙した。日英同盟が破棄され4カ国条約(日英米仏)など多国間安保にシフトする節目に、軍拡ではなく通商を通じた繁栄を志向すべしとの提起だったが、当時は大日本主義の本流にかき消され、戦後になってようやく多くの人がその正しさを認めることになった。

戦後版「脱亜論」を展開した高坂正堯
戦後版「脱亜論」を展開した高坂正堯

 1964年、高坂正堯(こうさかまさたか)が「海洋国家日本の構想」を発表、日米基軸・経済重視の戦後外交路線を評価し、島国の日本が海洋通商国家として戦略的・平和的発展を目指すべきだと、戦後版「脱亜論」を展開した。60年安保が終わり、64年東京五輪開催で日本人の視界が世界に開き始める中、脱イデオロギーの象徴というべき論考として注目された。

 そして、今を生きる我々の針路を照らすのが、5月に出版された寺島実郎著『21世紀未来圏―日本再生の構想』(岩波書店)である。

 なぜ参考になるか。第一に、外交・安保政策として、日米同盟の再設計という戦後日本政治の大胆なパラダイム転換に挑んでいることだ。「戦後期の77年、日本はあまりにも米国の影響を受け、過剰依存と期待の中を歩んだため、主体的な国際関係の構築を見失ってきた。反米でも嫌米でもない米国との関係再構築が、21世紀日本の進路にとって基点となる」として、敗戦後80年が経過しても外国軍隊を受け容(い)れている日本の「保護領」的異常さに着目、令和の条約改正ともいうべき措置として、青森から沖縄までのすべての米軍基地・施設を日米協議のテーブルに載せ、東アジアの安全保障にとって重要性(抑止力)を精査、選別することで、米軍の基地・施設全体を段階的に縮小すべきだ、と提言している。

 戦後の日本は日米同盟におんぶに抱っこで、外交・安保政策も米国の後についていくスタイルが続いていた。この十余年は、集団的自衛権行使・敵基地攻撃能力保有の解禁、指揮統制権の連携強化など、さらなる日米一体化を進め、従米的様相をますます強めている。国民世論の大勢もこの流れをやむなしとし、野党にはその対案を提起する意思も能力もない状況だ。それだけにこの戦後日本政治の下部構造ともいえる日米同盟を俎上(そじょう)に載せ、見直す作業の持つ意味は重い。大日本主義の荒波に小日本主義で抗した湛山に匹敵する時代への問題提起ともいえる。

 第二に、経済政策とし、アベノミクスという政策の本質に斬り込んだことだ。つまり、アベノミクスとは「金融を水膨れさせ表面を良く見せる」虚構の政策で、その結果「実体経済を支える企業群は市場競争を通じた研鑽(けんさん)を見失い、長期的視点で技術や産業力を高める努力をせず、短期業績に追われて株主価値最大化を目指す経営へと変質した」と喝破、メディアや経済界がそれを無批判に受け入れた背景には「2010年に日本がGDPで中国に抜かれたことへの焦燥感があり、『日本を取り戻す』という政治主導で金融を膨張させ、円安で実体経済を水膨れさせる政策に誘惑を感じた」と民族的深層心理にまで踏み込んで分析した。真摯(しんし)な総括なくして対策なし。オルタナティブとして具体的な産業創生策を示したことも評価できる。

◇日本GDPの世界比重激減の時代に

 第三に、今後の民主主義のあり方を模索する中で、高齢者革命の可能性という新たな視点を提供した。つまり、日本における異次元の高齢化の進行と、中でも大都市圏の高齢化という構造変化により、これからの日本の政治を動かすマグマは、都市近郊に住む高齢化した新中間(元サラリーマン)層に蓄積され、「都市老人の都市老人による都市老人のための政治」化する恐れがあると分析、彼らがどういう意識で政治と向き合うかが重要だとした。つまり、彼らが私生活主義に埋没し、年金、医療、介護という世代ニーズにのみ執着し、文字通り若い世代のお荷物となるのか、あるいは、地域コミュニティー活動への参画など、会社人間を脱却して社会的活動の一端を担い、民主主義への責任を自覚して動くのか。

 かつて、マルクスは1848年の『共産党宣言』で、資本主義の行き着く先に広範にプロレタリアート(無産階級)階層が生まれ、彼らが共産主義革命の主体となる、と予言したが、寺島氏は、2050年には38%になると予想される日本の高齢者層に民主主義を底上げする主体誕生の潜在的可能性を見たわけだ。新中間層高齢者は、定年退職後一定の蓄財もあり「生活保守主義」とでもいうべき安定志向の心理を持ちながら、一方で戦後民主主義の洗礼を受け、学生運動や組合運動を通じ、市民主義、社会主義に共鳴した思いを潜在させている。自らが団塊世代である寺島氏だけに、この論はひときわ切実さを帯びているように感じられる。

 ここで寺島氏登場だ。なぜ今「日本再生」なのか?

「日本のGDPの世界比重は、明治維新で3%程度、その77年後、1945年の敗戦という形で明治期の挫折を迎えた直後がやはり3%、その後産業力で外貨を稼ぐ工業生産力モデルの優等生となり1994年には約18%のピークに達したが、戦後77年を経過して2024年はまた3%台に落ち込もうとしている。なぜこういう事態になったのか。日本の埋没という歴史の節目に深い洞察と健全な危機感を持つことこそが再生の起点になると思った」

 なぜ日米同盟再設計?

「20世紀の世界秩序に重きをなしてきた米中露三つの『帝国』が自国利害中心主義に傾斜し、世界を束ねる大国としての正当性を失っている。プーチンのロシアは孤立と制裁で長期衰退に向かい、習近平の中国も『戦狼外交』で敵対者を増やし改革開放路線を放棄した経済の低迷が政治不安を誘発し、米国もまた分断を深め、世界秩序をリードする力を失っていくだろう。一方で、BRICSが11カ国に拡大するなどグローバルサウスの存在感が高まっており、世界は『権威主義陣営対民主主義陣営』という二極対立というより、参加者全員が多次元で自己主張する中で新たな秩序形成が求められる『全員参加型秩序』にシフトしている。多様な参画者を納得させる筋の通った理念と構想が求められており、日米同盟だけで日本の未来が切り拓(ひら)かれる時代ではなくなった」

◇被爆国として「非核平和主義」を貫け

日本の未来構想を語る寺島実郎
日本の未来構想を語る寺島実郎

 求められる理念とは?

「敗戦国・被爆国としての特殊な体験へのこだわりで、平和に対して敏感であり続け、『非核平和主義』を貫くことだ。すでに93カ国・地域が署名、70カ国が批准している(24年1月現在)国連の核兵器禁止条約に日本も参加する。日本は『米国の核の傘』の下にあるとの理由で参加を拒んでいるが、条文を冷静に読めばそれは参加の障害にはならない。まずはオブザーバー参加で核廃絶の動きに協力できることを探り、条約6条(被害者への援助と環境の修復)に関して被爆者、被爆地へ協力表明することは困難ではない。ASEAN10カ国のうち9カ国が参画しており、アジア外交を推進する上で重要だ」

「安全保障を図る外交力が重要で、多国間安全保障の仕組みへの構想力が求められる。近隣外交を安定的に維持、米中力学の相対化のためにもASEAN、インドとの関係が重要だ。ASEANは構成国10カ国に日中米露印韓豪NZの8カ国を加えた東アジア首脳会議(EAS)を地域安保の枠組みとして発展させ、ASEANインド太平洋構想(AOIP)として機能させようとしており、こうしたプラットフォームを地域安保の基盤とすることには積極的に参画すべきだ。沖縄に軍縮・非核平和を推進する国連のアジア太平洋本部の創設・誘致を提案し実現を主導する。『万国津梁(しんりょう)の磁場』実現の一歩とし、21世紀の世界史における日本の役割を示すべきだ」

 そして基地縮小だ。

「なぜ首都圏に二つの米軍専用ゴルフ場があるのかを含め、国内の米軍基地・施設の実態を明確にすべきだ。例えば、海兵隊移転先の辺野古新基地(工事中)を俎上に載せることで、米ペンタゴン4軍(陸海空と海兵隊)全体での優先度の調整を促す機会にもなり、占領軍下の『行政協定』に準じる地位協定改定の転機が生まれるだろう。残る米軍基地も『自衛隊との共同管理』に順次移行させる。日本が米国の『保護領』でも『周辺国』でもなく、意志を持つ独立国であることが、中国やアジアの国々との外交を拓く前提になる」

 外務官僚にはできない?

「容易ではないが、覚悟をもって向き合うことだ。外交官の先輩である吉田茂の言葉を思い出すべきで、吉田は『自分は日米同盟、安保条約にコミットするが、君たちは日本には柔らかい選択肢を勉強してくれ』と執拗(しつよう)なほどに言っていた。過去の思考回路の中に固まっていたのでは、選択肢は米国と手を組んで中国を締めあげようというようなゲームしかなくなる」

 経済政策はどうする?

「日本経済の産業の現実を正視し、アベノミクスの呪縛を断ち切るべきだ。中央銀行(日銀)の政治利用をやめ、本来の役割を果たさせる。緩み切った財政規律を取り戻すべく、長期的、現実的な財政再建計画を明示する。企業セクターには、政府からの補助金や助成金を期待する前に、長期的視界に立った研究開発と事業創生を促し、家計セクターには、日本経済が置かれている厳しい現実と再生の方向を真摯に説明し、目先の給付金、減税で利害誘導するポピュリズム的手法はやめ、各職場・職域での職能を磨き、創意工夫と参画で日本の経済基盤を再構築することを主導すべきだ」

◇価値をカネと考える政治家はいらない

 産業政策はどうする?

「『ものづくり国家日本』という固定観念を柔らかく見直すことだ。戦後日本は、外貨を稼ぐ輸出産業を中核とした『豊かさのための産業開発』に専心してきたが、21世紀の日本が目指すべきは、『国民の安定、安全のための産業創生』だ。東日本大震災とコロナ禍という二つの苦渋を体験し、能登半島地震に向き合い、ウクライナ、ガザの二つの戦争を見つめた我々としては、社会のレジリエンス(耐久力)がいかに重要かを思い知らされたからだ」

「日本の未来産業の基軸に据えるべきは、『医療・防災』と『食と農』だと考える。戦後の日本が蓄積してきた産業技術基盤を吸収・活用しながら、この二つの重点分野を育てるプロジェクト・エンジニアリングが求められている。実際に私が会長を務める一般財団法人日本総合研究所を軸に『医療・防災産業創生協議会』と『都市型農業創生推進機構』を設け、医療・防災では全国の『道の駅』を防災拠点化し、防災力を高めるための高付加価値コンテナ(命のコンテナ)の配備を進めようとしている。食と農については、食の生産、加工、流通、調理というサイクルに都市住民を深く関与させ、食の付加価値を高め、産業のファンダメンタルを安定させることが重要で、太陽光発電と食の生産を組み合わせた営農型太陽光発電事業(ソーラーシェアリング)を首都圏で実装する活動を支援する」

 裏金問題については?

「自民党内の派閥解散、政治資金透明化という『コップの中の嵐』の改革に終わらせてはいけない。政治とは『価値の権威的配分』であり、『価値』をカネ、利権と考える職業政治家(政治で飯を食う人)を可能な限り削減して制御するシステムを機能させねば政治家だけの合従連衡(がっしょうれんこう)と利益誘導は続く。『日本再生国民会議』のような政策協議会を下部構造として作り、専門職能代表(弁護士、税理士、医師、介護士ら)、メディア、アカデミズム、労組、高齢者団体、宗教団体など多様な主体を加えた政策志向の運動体を形成し、民主主義の基盤を強化する必要があるのではないか」

    ◇   ◇

 寺島構想いかがか。「日本には柔らかくて創造的な選択肢があるということに大きく思考回路を転換してもらうためのたたき台」という。諭吉、湛山になったつもりで議論し考え抜け。構想を背負う政治勢力出(い)でよ。


てらしま・じつろう

 1947年生まれ。日本総合研究所会長。世界的視点で日本の針路について重要な問題提起を行ってきた

くらしげ・あつろう

 1953年、東京都生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部を経て、2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員

6月4日発売の「サンデー毎日6月16・23日合併号」には、他にも「東京都知事選 小池百合子 蓮舫が描く完全シナリオ 政策論争はどこへ、人気取り合戦の歴史 鈴木哲夫」「べストセラー『定年後』著者・楠木新 60~74歳は『黄金の15年』、75歳以降は『四つの寿命』コントロールがカギ」などの記事も掲載しています。

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