南海トラフ地震に備える 高知沖─日向灘に新観測網整備/191
約10年後に西日本を襲うと予想されている南海トラフ巨大地震への観測体制が着々と整えられている。国の中央防災会議は今後30年以内の発生確率を70%から80%としているが、予知は極めて困難と考えられている(本連載の第142回を参照)。しかし、発生する地震をいち早く検知しようと、南海トラフ海底に地震計などの整備が進められている。
防災科学技術研究所は2019年から、高知沖から日向灘にまたがる震源域の海底で、地震計や津波を観測する水圧計が入った「観測ノード」を海底ケーブルでつなぐ「南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)」の整備に取り組んできた。長さ約900キロメートルの「沖合システム」と約740キロメートルの「沿岸システム」に分けて進め、今年7月1日には整備が完了した沖合システムの試験運用を開始した。
N-netの優れている点は、速いスピードでやってくる地震のP波の揺れを陸上の地震計より早く沖合で観測できることだ。データは高知県と宮崎県で陸上に揚げて防災科学技術研究所と気象庁に送られ、直ちに解析されて緊急地震速報を出すことにもつながる。津波についても同様で、沿岸の津波検潮所での従来の観測より早く津波の高さを知ることができ、予想される津波高の修正や津波警報の切り替えに活用できる。
「空白」を埋める
静岡県から三重県沖の震源域に対しては、すでに気象庁の海底観測システムが構築されている。また、紀伊半島沖から高知県の室戸岬沖には、海洋研究開発機構が「地震・津波観測監視システム」(DONET)を展開していた(現在は防災科研に移管)。今回のN-netによって、高知沖から日向灘の空白エリアでも海底地震や津波が観測されることになる。
N-netの沖合システムは今年の秋には試験運用を終えて本格的に運用を開始し、防災科研のホームページ上で観測データが公開される予定である。また、今後は沿岸システムの敷設工事も行い、24年度末には整備を完了する予定という。気象庁は地震発生後3分程度で津波警報を出すことを目標にしているが、今後整備される沿岸部分と併せて運用すれば、南海トラフで起きる地震を現在より最大20秒早く、また津波は最大20分早く検知できるようになる。
さらに、観測データを解析することで、南海トラフで起きる地震と津波の詳細なメカニズムが明らかとなり、リアルタイム予測や長期評価の高度化を進めることもできる。最終的には、地震発生時の220兆円にも及ぶとされる経済被害の軽減に寄与することを目指している。2035±5年に発生が予測される南海トラフ巨大地震に間に合うかどうかが試されている。
■人物略歴
かまた・ひろき
京都大学名誉教授・京都大学経営管理大学院客員教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。専門は火山学、地質学、地球変動学。「科学の伝道師」を自任。理学博士。
週刊エコノミスト2024年8月6日号掲載
/191 南海トラフ地震に備える 高知沖─日向灘に新観測網整備