マーケット・金融特集

債券「含み損」が招く株暴落=市岡繁男 偽りの世界好景気  

図1 趨勢的に低下してきた米長期金利が反転上昇へ
図1 趨勢的に低下してきた米長期金利が反転上昇へ

 米国の長期金利(10年国債利回り)は足元で3・2%(10月3日時点)と節目の3%を上回って推移している(図1)。趨勢(すうせい)的には1970年代末の第2次オイルショック以降から下がり続けてきた長期金利は、長い低下局面に終止符を打ったようだ。これは、低金利を前提として拡大してきた世界金融市場にパラダイムシフト(構造転換)をもたらす。とりわけ株式市場に大幅な調整が訪れる可能性が高い。

リーマン・ショック前と同水準

 図1のように米長期金利(3・2%)は、同金利の「10年(520週)移動平均」(2・5%)を0・7ポイントも上回っている。10年移動平均とは、米10年国債を520週間、毎週買い続けた場合の平均利回りである。

 これは国債を購入してきた投資家に影響を及ぼす。この10年間(520週)、10年国債をコンスタントに買い続けてきたなら、銀行など機関投資家が保有する国債の平均利回りは2・5%となる。いま10年国債の利回りは3・2%なので、概算で10年分の全利息(差額の0・7%×10年=7%)相当額の含み損を抱えている計算だ。

 実際に米連邦準備制度理事会(FRB)のデータによると、大手米銀が保有する米国債を含む証券の「含み損益率(含み損益÷純資産)」は17年末にマイナスに転じ(図2)、含み損は自己資本の2・6%に達している。これは2008年のリーマン・ショック直前と並ぶ水準である。

 このため、機関投資家は株式などリスク資産への投資は圧縮せざるを得ない。実際、1987年のブラックマンデー、00年のITバブル崩壊、08年のリーマン・ショックという三つの金融危機では、10年移動平均に接近、ないしは一時的に超える水準に上昇し、それによって株価が暴落している。しかも、今回は、過去にないほど長期金利が10年移動平均を上抜けてしまっている。それだけに、株価の調整が起これば、空前の暴落になる可能性がある。

図2 米大手銀行の「証券含み損」は金利上昇とともに急拡大
図2 米大手銀行の「証券含み損」は金利上昇とともに急拡大

トランプが膨らます財政赤字

 米国金利が上昇した理由は大きく二つある。

 一つは「米国債を巡る需給の悪化」である。リーマン・ショック以降、大規模な資産買入れ(QE〈量的緩和〉1~3)を実施し、総資産を9000億ドル(約100兆円)から4・5兆ドル(約500兆円)まで膨らませたFRBは、14年10月以降、新規買い入れは停止したものの、満期償還を迎えた分と同額の国債の買い入れ(再投資)を行ってきた。

 しかし昨年秋、FRBは再投資額を3カ月ごとに減額する方針を打ち出した。これにより、昨年10~12月期に毎月100億ドルだった“減額”幅は、現在は毎月400億ドルに拡大している。このFRBの買い入れ減額は「国債の増発(金利は上昇)」と同じ効果をもたらしているのだ。

図3 過去200年で3回、覇権国の長期金利は上昇反転した(1830年までは英国、それ以降は米国のデータ)
図3 過去200年で3回、覇権国の長期金利は上昇反転した(1830年までは英国、それ以降は米国のデータ)

 もう一つは、米トランプ政権が17年末に表明した「大型減税」や「軍事・インフラ投資の拡大」という景気対策を実行に移したことだ。米国の18年4~6月期の実質国内総生産(GDP)は前期比年率で4・2%という高い伸びを示し、株価も高騰している。だが、巨額の景気対策がもたらす「財政赤字拡大」は、それを賄うための「国債の供給増(金利は上昇)」と表裏一体だ。これは、すでに国債を保有する機関投資家にしてみれば“含み損の拡大”という悪夢のプロセスでしかない。

 トランプ氏が景気対策のお手本としたのは、80年代前半のレーガン政権時の大規模減税と軍事・インフラ投資の拡大である。しかし、17年の連邦政府の「債務比率(債務残高÷名目GDP)」は83%と、82年のレーガン政権時(32%)の約2・6倍に拡大している。さらなる積極財政は、一つ間違えばインフレを招きかねない危険な賭けである。

図4 120年前の英国では金利上昇局面で株価暴落
図4 120年前の英国では金利上昇局面で株価暴落

英国の教訓

 長期金利が10年移動平均を上抜けた今、株価が暴落する可能性があるものの、今はまだその状況にはない。それどころか株価は先月、高値を更新し、マーケットでは「上昇はこれからが本番」という強気論もある。だが、この状況が早晩、反転する可能性があることは、過去の類似局面からうかがうことができる。

 世界経済の覇権国で“趨勢的に低下”していた長期金利が反転上昇したケースが3回ある(23ページ図3)。最も古いのが1824年の英国、次が1899年の英国、直近は1941年の米国である。このうち1899年の英長期金利の反転および英国株の下落は、今の米長期金利と米国株の先行きを占う手がかりとなる(1824年は200年近く前でデータが不足しており、1941年は真珠湾攻撃の直後という特殊な状況のため1899年との比較が妥当)。

 19世紀後半の英国は、蒸気機関の発明と普及で始まった第2次産業革命の進展により、工業製品をはじめとする物価が下落し、長期金利も趨勢的に低下していた。ところが、1899年から長期金利は反転上昇し、その流れは1920年の第一次大戦終了直後まで続いた(図4)。

 この英長期金利の上昇については二つの説がある。一つは通貨供給量に着目するものだ。南アフリカなど有力な金鉱山の操業開始が影響したとする説である。当時は金本位制で、中央銀行の金準備増加に伴い、通貨供給量が増加、物価も上昇したことに伴い長期金利も上がった。

 もう一つは、技術革新や人口動態など複数の要因が超長期サイクルを上向かせたとする景気循環論である。金鉱の発見自体が新技術の成果だとした。実際、当時の先進国は蒸気機関から電気や内燃機関に移行し、経済は飛躍的な発展を遂げている。

 そして、英長期金利の上昇に1年遅れて英株価が下落に転じている。20世紀前半は自動車のみならず、飛行機も登場するなど、あらゆる産業が開花した時代だった。実際、鉱工業生産指数など各種経済指標はいずれも大きく伸びていたが、それでも金利の反転を嫌気して株価は下落に転じたのである。

 翻って現在は、20世紀後半以降の情報通信技術の発達で、世界的に物価が下落し、長期金利も低下した点は19世紀後半の英国と同じだ。先行きについても、人工知能(AI)化の進展で技術革新の度合いが加速していることや、基軸通貨国の長期金利が数十年ぶりに上昇に転じている点もよく似ている。

基軸通貨の金利上昇

 他方、当時と異なるのは財政赤字の規模や人口動態である。19世紀末の英国は累積財政赤字(政府債務残高)が名目GDPの30%程度しかなかったし、医療や衛生状態の向上で若者人口も急増していた。

 これに対し、現在は各国とも財政赤字が肥大した状態にあり、国家財政の赤字拡大要因である少子高齢化も急速に進んでいる。ここで金利が上昇すると政府の利払い負担が増して、さらに国債を増発しなければならなくなる。

 このため、先行きの金利上昇局面は20世紀前半よりはるかにピッチが早まるだろう。日本や欧州では、さほど金利が上昇していないが、米長期金利はこの1年で1%上昇している。過去は、基軸通貨国の金利が上がれば必ず他国にも波及してきた。今回もそうなるのだとしたら、株式市場にかなり大きな影響が出ることは避けられない。

(市岡繁男・相場研究家)

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