「患者発」の治験 使えない治療薬が使える!=編集部
見つかったときは進行していることが多く、がんの中で死亡者数が最も多い肺がん。だが近年、その治療が劇的に変わりつつある。原因遺伝子が数多く見つかり、それぞれの遺伝子をターゲットにした効果的な治療薬が開発・販売されているからだ(表)。患者のがん組織の遺伝子を調べて最適な治療薬を選ぶ「ゲノム医療」が進んでいるがんの一つだ。(がんが治る 見つかる)
しかし、検査で遺伝子の変異(異常)が見つからず、効果があるかもしれない薬を使えない患者も出てきている。こうした「はざまにこぼれ落ちた患者」を置き去りにしないため、患者による患者のための治験が医師主導で始まろうとしている。
発案したのは、日本肺がん患者連絡会の長谷川一男理事長(49)だ。長谷川さん自身、ステージ4と診断された肺がん患者だ。治験の対象は、肺がん全体の約3分の1を占め、がん細胞の増殖に関わる「EGFR」という遺伝子に変異がある患者だ。
このタイプの肺がんには、「イレッサ」や「タルセバ」など複数の治療薬がある。だが、使っているうちに耐性ができ、1年半ぐらいで効かなくなってしまう。このため、それを克服する治療薬が2016年、登場した。
この薬を使うには、薬の耐性と関係する「T790M」という遺伝子に変異がある(陽性)ことが要件となっている。T790Mが陽性の場合は、約7割の患者でがんが縮小するなど、治療効果が高い。だが、初期の臨床試験では、陰性の患者でも2割に効果があった。また、脳に転移した人に効果を示すデータもある。
そのため、検査で陰性だった患者もこの薬を使いたいが、要件の厳しさから希望がかなわず、亡くなる人も少なくない。長谷川さんは「2割という数字は、命をつなぎたい患者にとって決して低いものではない。薬があるのに使えないのは無念だ」と話す。そこで18年秋、陰性の患者を対象に有効性を検証する新たな治験を実施できないか、肺がん専門医に相談したところ、患者の思いに応えたいと動き始め、がん専門医らの団体、西日本がん研究機構(WJOG)が医師主導治験という形で進める方向になった。
ふるさと納税を活用
問題は治験にかかる費用だ。治験を進めるには、医薬品医療機器総合機構(PMDA)に実施計画について助言をもらう必要があるが、それに478万円かかる。そこで、活用したのが「ふるさと納税」だ。長谷川さんの患者会がある横浜市では、市内で活動するNPO法人を指定し寄付できる。協力を呼びかけたところ、2カ月で約500万円が集まった。
PMDAとの協議で実施計画が認められれば、WJOGと発売元の製薬会社が契約を結び、治験がスタートする。長谷川さんの元には「症状は日々進んでおり、この薬が使えるのを待っている」などの声が寄せられている。長谷川さんは「患者発案の治験が実現すれば、日本初の試みとなる。治験がスムーズに進むように、治験の参加者集めにも協力したい」と意気込む。
(編集部)