400兆円の「株」待機資金 バブル再燃も=村田晋一郎/吉脇丈志
<コロナで急変 世界経済入門>
中国を震源とする新型コロナウイルスの感染拡大は、人の移動を制限するなど経済活動を停滞させた。その影響は世界規模に広がり、各国の経済を揺さぶっている。
世界経済の中心、米国ではダウ工業株30種平均(NYダウ)が3月16日に前週末比2997ドル安の2万188ドルと過去最大の下げ幅を記録。2月12日の史上最高値2万9551ドルから1カ月で約30%の大幅下落となった。
リーマン・ショック以降、2009年から続いた米国株式の強気相場はひとまず終わった──そう市場は見ていた。
しかし、3月17日にトランプ政権が現金給付も含めて総額1兆ドル(約107兆円)を上回る経済対策を米議会に提案し、21日にはコロナ対策の総額が2兆ドル(約220兆円)に膨らむとの見方を示すと、NYダウは24日、一転して前日比2113ドル高の2万705ドルと史上最大の上げ幅を記録した。(世界経済入門)
「リーマン」とは違う
今回のコロナショックは、従来の金融ショックとは異質なものであることが明らかになった。
米連邦準備制度理事会(FRB)は3月3日、米株急落を受けて緊急利下げを行ったが、NYダウは下落し続けた。理由は、今回の経済停滞は、リーマン・ショックのような金融システムの崩壊によるものではなく、人の移動制限や工場の稼働停止など実体経済の活動制限にあり、金融政策の及ばない領域の問題だからだ。
株価がFRBの利下げに反応せず、米政府の現金給付という“実弾”に反応したのも、後者が米国の個人消費に直接効いてくるからだ。
結局、現在の世界経済停滞は、新型コロナの世界的流行が終息しない限り続くだろう。中国では感染者数の増加が底を打ったと見られる半面、足元ではユーロ圏と米国での拡大が懸念されている。大規模な経済対策も実体経済の落ち込みの速度を緩めるに過ぎない。
コロナ終息が不透明な以上、問題はコロナ終息後、世界経済がいつ本格回復するかだ。
例えば、深刻な信用収縮で金融システムが崩壊したリーマン・ショック後、ユーロ圏経済が本格回復するまで6年の時間を要した。
ただ、コロナショックは金融ショックではない。むしろ「自然災害に近い」との見方がある。
大規模な自然災害だった東日本大震災時と比較してみると、震災では生産・物流設備から地域コミュニティーに至るまで広範囲が津波に壊滅された。被害規模は設備などストックの損失が30兆円、経済活動の基盤が完全に失われたことによる需要減退や機会損失などフローの損失が10兆~15兆円、合計40兆~50兆円に上るとの試算もある。
そして、震災前後の日経平均株価の動きを見ると、震災当日11年3月11日の1万254円から、翌週15日には8605円まで急落した。だが、翌4月には9800円台と震災前の10年11月とほぼ同水準に回復している。
一方、今回のコロナショックは、生産設備などが壊滅したわけでもなく、経済活動も需要が「失われた」わけでない。工場の稼働停止で供給が止まったことで需要が「一時停止」を強いられている状態だ。米国をはじめ各国の株式市場を長年見続けているストラテジストの松川行雄氏は「生産設備など“価値が減滅”した震災でも株価は戻った。まして、そうした“価値”が無傷で残ったコロナショックは、終息したら株価が“倍返し”で急反発する可能性が高い」と話す。
買われてなかった米株
倍返しの理由として、松川氏は、米株式市場への“捌(は)け口”を失っている膨大な「待機資金」の存在を指摘する。
コロナショックが深刻化する前、米株は史上最高値を更新していたが、 売買取引高は意外なほど低い「薄商い」だった。実際、主な投資主体である機関投資家や年金運用機関の、過去1年の売買状況を見ると、ほぼ売り越しているという。
そうした中で、株価を押し上げていたのは米企業の「自社株買い ブーム」である。その規模も日本とは桁違いで、毎年平均で7000億ドル(約70兆円)程度もの自社株買いを行っている。薄商いの中で大量の自社株買いがあると「市場の投資熱が薄くても簡単に株価が上がる」(松川氏)。つまり米株式市場は“自社株買いだけ”で史上最高値を取ってきたと言える。
薄商いは、 米株を「誰も買っていない」ことを意味する。それを示しているのが、安全性の高い公社債などで運用される投資信託「マネー・リザーブ・ファンド(MRF)」の規模だ。米国ではMRFの残高が日本円で約400兆円に膨らんでいるという。株などの売却で得た資金は自動的にMRFで運用され、有価証券を購入する際はMRFが売却されて購入資金となる。膨れ上がったMRFは「空前の株の待機資金だ」(同)。
コロナが終息した場合、捌け口を見つけた400兆円は、米国だけでなく世界各国の株式市場に一気に流入する可能性が高い。「バブル再燃」もありうる。
(村田晋一郎・編集部)
(吉脇丈志・編集部)