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テスラが巨大工場で中国攻略 コスト優位性で日欧勢に挑む=湯進
上海浦東空港の南40キロに位置する上海臨港新区の中には、敷地面積86万平方メートル(東京ドーム18個分)、米電気自動車(EV)メーカーテスラの巨大工場「ギガファクトリー3」がある。
投資総額が約70億ドル、年間の最大生産能力50万台の工場の敷地には、数十台のタワークレーンとショベルカーが稼働して第2工場の建設が急ピッチで進められている。新型コロナウイルスの影響による自動車メーカー生産停止の動きが世界で広がっているなか、これは珍しい風景だ。テスラが第1工場の着工からわずか10カ月でEVの生産開始にこぎ付けた経営は、中国市場攻略への本気度の表れと見られる。
EVを含む新エネルギー車(NEV)の2020年1~3月中国国内販売台数は、新型コロナの影響で急ブレーキが掛かっており、前年同期比57%減少した。ギガファクトリー3で生産した最新車種「モデル3」の販売台数は1万6680台(EV市場シェア23%)と、これまで中国のNEV市場で上位を占めてきたBYD(比亜迪)と北京汽車を抜き、初めてトップ車種となった。
テスラの中国進出は、「黒船来航」のごとく中国EV市場に大きな地殻変動をもたらしている。
衝撃の低価格
テスラの世界販売台数は19年に前年比50%増の36万7000台で、そのうち52%が米国での販売だ。世界最大のEV市場、中国での販売台数は18年の1万6000台から19年の4万2000台へと急増したものの、市場シェアは4%にとどまっている。米国市場に依存する状況から脱却し、いかに中国で販売を拡大させるのかがテスラの課題になっている。
ギガファクトリー3の稼働を皮切りに、テスラは中国市場の攻略に向けスタートを切った。同工場では、19年末に航続距離445キロの車種「モデル3・スタンダードレンジプラス」の生産を開始し、航続距離600キロのロングレンジタイプの生産も予定している。
20年1月、工場敷地内で開催した中国製モデル3の納車イベントに登壇したイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)が、「消費者に手が届くマイカーを製造するために尽力」と語り、スポーツタイプ多目的車(SUV)タイプの「モデルY」の生産計画も発表した。
テスラが上海市と結んだ契約条件では、同社が23年末から年間約350億円を納税する必要があり、設備投資資金を除くと、テスラは23年に中国で利益を出すためには少なくともEV20万台を販売する必要があると推測される。テスラがEVの販売価格をどこまでに引き下げるかは、競合するEVメーカー各社の最大の関心事だ。
テスラはすでに、中国で構築した直販モデルの受注状況に応じて数回の値下げを実施している。20年1月3日には中国製モデル3の販売価格を9%引き下げ、政府のEV補助金を控除後、30万元(約470万円)を切る価格で販売。これは中国EV業界に衝撃を与えた。
生産設備の導入を含む上海工場の建設コストは、テスラ米国工場の3分の1に過ぎない。またモデル3の分解調査では、部材費、人件費、設備償却費を計算すると、中国製モデル3の生産コストは米国製比で21%安い(東呉証券調べ)。テスラは中国での部品調達率を現在の30%から今年末までに100%に引き上げ、さらなるコストダウンを図ろうとしている。
テスラには良い手本がある。中国で成功を収めたアップルだ。
普及・高級両方で勝ちに
アップルがスマートフォン「iPhone4」を中国で発売した10年前、すでに中国の消費者の間には、「モダンでハイテク感あふれる製品を持つことこそステータスの証し」という価値観が共有されており、これが中国でのiPhone人気を支えてきた。
同様にモデル3にも一部の若年層や中間所得層から人気が集まるものと見られる。実際、16年に中国でモデル3が発売されたとき、テスラの店舗前にできた予約客の長い行列は、アップルストアでiPhoneを求めて並ぶ客の長蛇の列に酷似していた。
足元では新型コロナの影響で消費マインドが低下し、口コミや乗車体験など、時間をかけて慎重にEVを選ぶ消費者が増えている。ブランド認知度の高いテスラは今後コストパフォーマンスの良いモデルYを投入し、一気に中国市場に浸透していくと思われる。
独フォルクスワーゲン(VW)は今年に40億ユーロ(約4600億円)を中国市場に投資し、上海VW(上海汽車との合弁)と一汽VW(一汽との合弁)で世界初の「MEB(EV専用プラットフォーム)」をベースにしたEV「ID・3」を生産する。
トヨタ自動車は約1300億円を投資し、天津でNEV工場の建設を発表した。広州拠点の生産能力に加えて、中国におけるトヨタの生産能力は22年に72万台に達し、VWを上回る勢いだ。
これに対して、テスラはハイエンドの高級車市場でBMW、ダイムラー、アウディなど独系高級EVと競合する一方、コストダウンを通じてVWとトヨタの牙城であるミドルエンドの普及車市場を攻める戦略を取ると見られる。
規模のメリット生かす
モデル3がけん引するテスラ車の中国販売台数は20年に15万台になる見通しだ。そこにモデルYの投入も加わると、販売台数30万台も視野に入る。生産規模の拡大による規模のメリットが出れば、車両価格を20万元(約300万円)まで引き下げる余地も生まれる。それは、独系高級EVブランドだけではなく、BYDや北京汽車など地場EVブランドに対する大きなアドバンテージになる。
今後、テスラにとっては生産能力の引き上げに力を入れると同時に、販売台数の増加に伴うアフターサービスの対応や、中国消費者の信頼を維持することが重要な課題となる。
(湯進・みずほ銀行法人推進部主任研究員)
「コロナ」でも最速で再稼働
新型コロナの影響を受け、テスラが米国工場の生産を停止し、従業員の一時帰休や給与削減などの措置をとっている。世界で感染拡大が続けば、欧米のEV販売低迷が長期化する恐れがある。それに対して中国における新型コロナ感染はすでにピークアウトし、かつ内需を中心とするEV市場への期待も次第に高まっている。
中国ではテスラが2月10日に上海工場を再稼働させ、中国自動車業界で最も早い操業再開を実現した。当時、上海臨港新区が同社に専任幹部を発遣して操業再開を支援していた。また新規採用した従業員600人分の宿舎やマスク1万枚、大型体温計・消毒液など防疫物資を提供して当社の主要サプライヤー8社にも操業再開の支援を実施していた。
(湯進)
価格、仕様、アフターで課題
テスラ車の中国販売は一見好調に見えるものの、消費者対応、完成度の維持といった面では、すでに中国でEVを投入しているドイツ自動車メーカーに一日の長がある。実際、テスラに対して、中国内のユーザーの一部から顧客対応が悪いといった批判も出ている。例えば、テスラ車を値下げの直前に購入した消費者が不満を抱き、長沙の販売店前で抗議するという事件も昨年起きた。これに対し、テスラは自動運転機能のグレードアップ料金を優遇する措置で事態の収拾を図った。
こうした価格に対する苦情のほか、中国製モデル3の仕様をめぐるトラブルも発生している。まず、車載システムの「すり替え問題」だ。モデル3は自動運転を制御するため、「HW3」という電子制御ユニット(ECU)を搭載しており、これはテスラが開発した「フル自動運転(FSD)チップ」が採用されている。HW3は、従来の「HW2.5」(エヌビディア技術を採用)と比べて、情報処理能力は10倍も向上すると言われている。しかし、一部のモデル3にHW2.5が搭載されていることが発覚。テスラに批判が殺到した。この状況に中国工業情報化省が動き、3月、テスラに対し生産の一貫性と製品の品質を確保するよう命じた。
また、昨年1月には、エアバッグの欠陥で問題となった日本メーカー・タカタの製品を搭載した「モデルS」について1万4123台をリコール、今年2月には同じ問題で「モデルX」について3183台をリコールすると発表した。このほか、回収・修理に伴うアフターサービスの不備に対する苦情も多い。
今のところテスラ車は、ブランドイメージやイーロン・マスクCEOの知名度によって、中国市場における優位を維持してはいるものの、問題を解消できなければ、この先販売規模を拡大していく際の大きな障害となる可能性がある。
(湯進)