先進国で増え続ける死者 死亡率を決める医療資源=真野俊樹
新型コロナウイルスの猛威がやまない。感染者は全世界でおよそ270万人。死者は19万人を超え、米国で4万3000人、イタリアでは2万4000人と先進国で増えているのが目立つ(2020年4月22日時点)。高度な医療技術を持つのに死者が多いのは、「医療資源不足による医療崩壊」のためである。
医療崩壊とは「患者が医学的に必要な措置が生じた際に入院できないこと、あるいは医師による適切な診断・治療を受けられないこと」を指す。通常のウイルスやインフルエンザと異なる新型コロナの大きな特徴として、適切な治療ができた場合とできなかった場合で、死亡率が大きく異なるという点があげられる。
新型コロナの感染者は約2割が重症化すると言われる。重症とは高熱が出るといったレベルの重症ではなく、入院して高度な治療を必要とする状況を指す。ひどくなれば、集中治療室(ICU)に移り人工呼吸器や人工心肺装置(ECMO(エクモ))の治療を受けなければならない。言い換えれば、適切な医療さえ受ければ、致死率がさほど高くない疾患であるため、医療従事者も当初は新型コロナによる感染症を軽視していた。(新型コロナ総点検)
EUは効率化が裏目に
EU(欧州連合)諸国は「効率的な治療」に重点を置いている。効率的な治療というのは、無理に長く入院させるわけではなく、日々の生活習慣を改善していこうという流れである。医療の目的を「生活習慣病対策」に置き、病院医療からの脱却を目指していた。表にあるように在院日数も日本の16・2日に対しイタリアは半分以下の7・8日。病床数も大幅に減らしており、イタリアのべッド数は人口1000人当たり3・2床しかない。しかし新型コロナウイルスにおいては、軽症者においても隔離が必要で、かなりのベッド数が必要とされ、EU諸国ではこの対応が難しかった。
米国は先進国の中では珍しく国民皆保険制度がないため、一般市民が気軽に医療を受けることができない。症状が出ても治療を受けない人も多く、感染が蔓延(まんえん)しやすい環境にあった。
一方、日本は病床数が世界一多い。医師の数は多くはないものの、いわゆる過重労働大国であり、労働力という点では、なんとか足りていたといえる。このような状況を改善するために、政府は地域医療構想を掲げ、病院のベッド数の適正化及び機能分化を図り、医師の働き方の改善をしていた。しかし、その道半ばであったことが今回は幸いし、諸外国に比べれば医療資源に余裕があった。国民皆保険制度のため、病院にかかりやすく初動対応が取りやすいことも大きかった。
また、日本は新型コロナの震源地である中国と距離が近く、春節の際に中国からの観光客が押し寄せるに当たり、もともと清潔意識が高いうえに、その警戒感からマスクや手洗いなどの予防策が強く意識され、米国や欧州に比べて国民の対応が適切だった。このような理由で、日本においては現状ではなんとか医療崩壊が抑えられてきた。
しかし今後はどうか。
筆者がこの記事を書いている4月22日、東京での1日の感染者数は100人を超えている。日本においても、徐々に医療崩壊の芽が出てきている。
最も懸念されるのは、コロナ感染が疑われる重症者に対して、病院が救急車を受け入れないケースの増加だ。原因は急性期の治療を担う主要な病院に軽症者が多く入院しており、受け入れる余裕がないためである。
日本には重症度が低い患者を中心に受け入れる中堅クラスの病院が多く存在する。これは諸外国には見られない日本の特徴で、ベッド数や病院数が多い原因になっている。軽症の感染者や、急性期の治療を終えた後の感染者は、こういった病院が引き受ける役割がある。
しかしこのような中堅クラスの病院は感染症対策に慣れておらず、また民間経営である場合が多い。万が一、院内感染が発生すれば風評被害は避けられず、その後の来院数は激減する。経営者はリスクマネジメントの点で患者の引き受けに慎重にならざるを得ない。結果、主要な大規模病院に感染者が集中するのである。
ICU数が死亡率左右
日本のICUの少なさに対する懸念も指摘される。イタリアの3月31日時点の致死率が11・7%に対し、ドイツの致死率は1・1%である。この差は集中治療体制の差であると考えられ、ICUのベッド数は、ドイツでは人口10万人当たり29~30床であるのに対し、イタリアは12床程度、日本は5床程度にとどまる。HCU(高度治療室)などでも人工呼吸器を使用した重症者の対応は可能であるが、数だけを比較すれば非常に少ない。また重症化した感染症患者をICUで対応する場合、1人の患者に対して2人の看護師が必要であり、現場の負担は大きい。
医療崩壊に至るかどうかを決めるのは医療資源だ。具体的には医師などの医療従事者、医療機器、病床、この三つが欠かせない。加えて医療者にいかにモチベーションを維持してもらうかが重要である。英国では五つ星ホテルが医療者のために食事や宿泊を提供している。待遇や手当の補償だけではなく、休息できる環境の提供が必要だろう。
(真野俊樹・中央大学ビジネススクール教授、多摩大学大学院特任教授)