「大恐慌以来」のショック 供給途絶が招くインフレ=岡田英/浜田健太郎
「新型コロナウイルスで、2020年の世界経済は大恐慌以来のマイナス成長になる」──。国際通貨基金(IMF)のゲオルギエバ専務理事は4月の講演でこう指摘した。IMFは20年の世界のGDP(国内総生産)成長率をマイナス3%と予測。リーマン・ショック後(09年)のマイナス0・1%をはるかにしのぐ「劇的なマイナス成長」と見込んだ。(歴史でわかる経済危機)
1929年10月の米ニューヨーク証券取引所の株価大暴落(暗黒の木曜日)をきっかけに、世界を深刻な長期不況に巻き込んだ大恐慌(世界恐慌)。当時の世界経済全体の成長率に関する統計は存在しないが、編集部は英経済学者アンガス・マディソン氏(1926~2010年)が作成した各国のGDP統計を基に、IMFのデータと接続して過去100年間の主要7カ国(G7)の成長率を描いた(図)。
IMFはG7の2020年の成長率をマイナス6・2%と予想しており、世界経済全体よりもさらに谷は深くなる。一方、大恐慌時のG7は30年、31年とマイナス5%台を続けた後、32年にマイナス7・6%を記録した。第二次世界大戦後にも大幅な落ち込みを示しているが、今回のコロナショックはIMFが指摘する通り、まさに大恐慌に匹敵する経済危機であることが分かる。
実際、5月8日発表の米雇用統計では、4月の失業率が戦後最悪の14・7%と、大恐慌時の33年の24・9%に次ぐ水準まで悪化した。この結果も踏まえて米アトランタ連邦準備銀行が米国の20年4~6月期の実質GDP成長率を試算したところ、前期比年率でマイナス34・9%も急落する結果となった。世界貿易機関(WTO)もコロナショックで世界貿易量が前年比で13~32%減ると推計し、いまだ経済への影響は底が見えない。
食料の輸出規制続々
大恐慌もコロナショックと同様、世界貿易の縮小を招いた。米国内の産業保護の姿勢を強めた米フーバー政権が翌30年6月に輸入関税を大幅に引き上げるスムート・ホーリー関税法を成立させると、各国が対抗して「関税合戦」となり、世界貿易額は29~33年の4年で3分の1に縮小した。米株価は大暴落の後に一時値を戻したが再び下落し、景気後退は33年まで4年近く続いた。
IMFは2020年後半に新型コロナのパンデミック(世界的流行)が終息する前提で、21年の世界経済が5・8%のプラス成長に転じるシナリオを描く。しかし、流行の第2、第3波が来て長期化すれば話は変わる。2050億ドル(22兆円)もの資産を運用する米投資運用会社グッゲンハイム・パートナーズのスコット・マイナード最高投資責任者(CIO)は4月26日のリポートで「V字回復は非現実的だ。経済がコロナ前の水準に回復するには4年はかかるだろう」との見方を示した。
コロナショックは世界経済に何を引き起こすのか。目下のところ、外出の自粛・制限などによる「需要ショック」の側面が目立つ。自動車をはじめとする耐久消費財や設備投資の需要が「蒸発」し、原油価格は一時マイナスになるほど暴落。IMFは20年の先進国の物価上昇率を0・5%と昨年の1・4%から大幅に低く見積もり、先進国はデフレまたは低インフレ化すると見込まれている。
だが、コロナショックは「供給ショック」の側面も大きい。中でも懸念されるのは食料の供給網への影響で、途上国を中心に食料危機が連鎖する恐れがある。各国で移動制限が相次ぎ、農業労働者や輸送トラックの運転手、港湾労働者らの確保に支障が出ている。さらに、世界最大の小麦輸出国のロシアが国内供給を優先して穀物の輸出量を制限するなど、輸出規制する生産国が続出。農林水産省によるとその数は5月1日時点でウクライナやカザフスタン、エジプト、カンボジアなど15カ国に及ぶ。
資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表は「地域ごとにインフレが起き、食料価格が値上がりする恐れがある」と指摘する。東南アジアでは干ばつも重なり、コメ価格の国際指標であるタイ産米の輸出価格は昨年12月から今年4月にかけて約3割上昇した。世界食糧計画(WFP)は、新型コロナの影響で20年末までに低・中所得国で前年比約2倍の約2・5億人が深刻な食料不足に陥ると推計している。
また、世界の物流の9割を占める海上物流も、新型コロナの影響で船員の下船を拒否されるなどし、船員交代が難しくなっている。長期化すれば運航できない船が出て供給網が崩壊しかねない。商船三井の丸山卓専務執行役員は4月末の決算会見で「通常は半年で交代するところが1年を超えたりすることがあり得て、極めてシリアスな状況」と明かした。
あふれるマネーの記憶
各国の政府・中央銀行が大規模な金融緩和・財政支出に動き世の中にマネーがあふれる中、回復する需要に対して供給が追いつかない状況が続けば、インフレを招く可能性は高まる。実際、米ドルの実質的なインフレを測る指標となるニューヨークの金先物は4月14日、1トロイオンス=1768・9ドルと7年半ぶりの高値を記録。米大手銀バンク・オブ・アメリカは4月下旬、「今後18カ月で3000ドルまで上がる」と強気の見方を示した。
歴史をひもとくとどうか。「国際的な供給網が途絶し、経済再開時に世の中にマネーがあふれている点で、第二次世界大戦後の状況に近い」と土居丈朗慶応大学教授は指摘する。第二次大戦で戦場になった欧州や日本では、工場が爆撃されるなどして供給網が大打撃を受けた。そこに終戦後、需要が一気に拡大し、供給不足に陥って物価が上昇。特に英国と日本は戦費調達のためにGDPの2倍超の規模で国債を大量発行し、中央銀行が通貨を増発していたため、戦後にインフレに陥って高率の物価上昇に見舞われた。
土居教授は「コロナの終息後、一気に経済活動が再開するほどインフレは起こりやすくなる。国際的な物流網の再開には時間がかかるだろうし、企業の破綻などで供給が直ちに復旧せず需要に追いつかない懸念がある」とし、供給網の途絶が一時的でもショックは起こり得ると見る。また、物価が上がっても賃金の上昇を伴わず、コロナ前の経済水準に戻らない不況下でのインフレ(スタグフレーション)に陥る可能性もあると言う。
大恐慌から脱却するため米国で政府が積極的に市場介入するニューディール政策が取られ、英経済学者ケインズが理論を構築してその後の経済政策に大きな影響を与えた。一方、主要国は排他的なブロック経済圏を築き、第二次世界大戦の一因になったとも指摘される。コロナ後の世界を見通すには、歴史が未曽有の経済危機をどう乗り越えてきたのか、どこで道を誤ったのかを学ぶことが欠かせない。
(岡田英・編集部)
(浜田健太郎・編集部)