新型コロナウイルスによって「新自由主義」が壊滅的な打撃を受けた理由=岩井克人(東京大学名誉教授)
FRBまで「禁じ手」発動 新自由主義の終幕を象徴
世界で猛威を振るう新型ウイルスは、資本主義のあり方に変化をもたらすのか。貨幣論の第一人者に話を聞いた。
── 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受けて、国際通貨基金(IMF)は1930年代の大恐慌以来の危機になると指摘した。
■大恐慌以来の危機であり、リーマン・ショック(2008年)をはるかに超えた影響を及ぼすと私も思っている。米国の失業率が30%に達するとの予想もある。欧州各地でロックダウン(都市封鎖)しており、商業が壊滅的な状態だ。日本政府は対応が後手後手に回り、経済対策も期待に乏しい内容だ。
── 米連邦準備制度理事会(FRB)が2兆3000億ドル(約250兆円)の緊急資金供給策を4月9日に発表し、投機的格付け債券(ジャンク債)の購入にも踏み込んだ。
■私の知る限りFRBがそのような政策を採用したことはない。ジャンク債まで買い入れるという「禁じ手」を行ったこと自体、事態が切迫したことの表れだ。これが悪いメッセージとなり市場(の規律)が緩むか、逆反応(相場が暴落)するのか、どちらに転ぶのか分からない。
ハイパーインフレの可能性も
── リーマン・ショックでは、FRBが日本の金融危機対応を反面教師として研究して、危機を最小限に食い止めたという評価がある。
■当時のバーナンキFRB議長は、日本のバブル崩壊と「失われた20年」の研究で経済学界での業績を上げた人だ。彼らが学んだことは、“too little, too late”(政策出動が遅すぎるし、小さすぎる)を回避すること。今回もそうだ。
こうした状況でもっとも懸念されるのが流動性の枯渇だ。流動性とは人と人、企業と企業の間を密接につなげて、(経済活動が)連鎖で動く仕組みのことだ。今回の新型コロナウイルス危機では、人と人が(物理的に)遠ざからざるを得ない。こうした事態にはまずは流動性を確保し、その後に需要の喚起を図るという手順になる。
── 中央銀行が大量の国債を事実上引き受けることになり、「財政ファイナンス」(財政赤字の穴埋め)との懸念も高まる。これが常態化すれば新たな危機の始まりにならないか。
■そのリスクはある。政府が発行する国債は中銀の貨幣供給によって置き換えられる。国債は利子を払い、元本を返済する必要があるが、中銀が負債として計上する貨幣に対しては、利払いも元本返済も必要ない。だが、国債と貨幣の置き換えは永久にはできない。人々の間におカネがジャブジャブに広がれば、貨幣に対する信頼が失われて流動性が崩れる。資本主義のもっとも恐ろしい不安定性が表面化する。ハイパーインフレーションが起きる可能性も否定できない。
── 各国の政府が民間企業に対して莫大(ばくだい)な支援をしている。国家が民間企業に関与して、従来の資本主義が変質する契機にならないか。
■ミルトン・フリードマン(ノーベル経済学賞を受賞した米経済学者)が主張したような自由放任主義では資本主義は持続不可能だ。自由を守るためには自由放任主義を捨てなければならないというのが、ジョン・メイナード・ケインズ(20世紀を代表する英経済学者)から私が学んだことだ。必要ならば政府が介入して、資本市場や民間を救うということだ。
── 1970年代終盤以降、新自由主義のサッチャー英首相やレーガン米大統領が登場し、フリードマンの思想はその理論的支柱だった。
■それが終幕を迎えるということだ。ジョンソン英首相の発言が印象深い。彼はコロナ感染前の演説で、「社会というものが存在する」と述べた。サッチャー元首相による「社会など存在しない」という発言を、同じ英保守党の首相であるジョンソン氏が打ち消したからだ。象徴的な演説だったと思う。
(本誌初出 INTERVIEW 岩井克人(東京大学名誉教授)5/26)
(聞き手=浜田健太郎/岡田英・編集部)
■人物略歴
いわい・かつひと
東京大学名誉教授、国際基督教大学特別招聘教授。1947年生まれ、東京大学経済学部卒、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号取得。書著に『貨幣論』など。