新型コロナで「愛煙家」が悲鳴をあげているワケ=浜田健太郎
新型コロナウイルスの感染拡大は、愛煙家にとって最悪のタイミングだった。4月から改正健康増進法と東京都の受動喫煙防止条例が全面施行されたからだ。
2020年夏開催予定だった東京五輪(21年夏に延期)を見据えて、18年7月に改正健康増進法が成立。19年7月に学校や児童福祉施設、病院や行政機関などの敷地内で、この4月からは職場や飲食店、交通機関などさまざまな施設で原則的に屋内では禁煙化された。違反者には最大50万円の罰金が科せられる。
国の法律よりも厳しい規制を掛けているのが東京都の条例だ。従業員を雇っている飲食店では店舗面積に関わらず、(1)店内禁煙、(2)喫煙専用室を設置、(3)加熱式たばこ用喫煙室を設置する──のいずれかの判断を迫る内容になっている。千葉市も4月から都と同様に、従業員がいれば店内禁煙とする条例を施行している。
都内飲食店8割が対象
規制対象の飲食店の割合は改正健康増進法が全国で45%(推計)にとどまるのに対して、都条例だと都内の84%(約13万軒)に増える。条例制定で中心的な役割を果たした東京都議会の岡本光樹議員(都民ファーストの会)は、「働く人を守るという視点で作られた。経済状況によって働く場所の選択が限られる人が、職場で毎日、長時間にわたる受動喫煙の被害を受けることは、人権に関わる問題だと理解してほしい」と強調する。
4月中旬の日曜日、首都高の高架下に設置された東京・秋葉原の喫煙所を訪れると、行き場を失った人々が集まっていた。不要不急の外出禁止を呼びかける「緊急事態宣言」が4月7日、東京都など7都府県に出されたことに加え、改正法や都条例の施行で、喫煙所も相次いで閉鎖されている。そのため、数少なくなった喫煙スポットに愛煙家が密集する。
喫煙所から出てきた団体職員の男性(55)は、「税金を払っている喫煙者に対する迫害だ」と憤まんやるかたない様子だった。会社員の男性(42)は、「ほかに吸う場所がないのでこちらに来ている」と話したが、新型コロナの感染防止で回避すべき「密閉・密集・密接(三密)」の典型である喫煙所への出入りについて「リスクを感じている」と言う。「飼い猫への影響を考えて、自宅では加熱式の『プルーム・テック』に最近になって切り替えたけど、紙巻きたばこが吸いたくなると喫煙所しか選択肢がない」とこぼす。
既に外食大手各社は、受動喫煙の規制強化をにらんで対応を先行させていた。すかいらーくホールディングスは、19年9月に、ファミリーレストラン「ガスト」や「ジョナサン」など約3200店で全面的に禁煙とした。店内に喫煙専用室を設置せず、来店客には駐車場がある敷地でも喫煙しないよう呼びかけているという。
改正健康増進法成立に先立つ18年6月、居酒屋業態としては異例の全店禁煙としたことで注目を集めたのが串カツ田中ホールディングスだ。貫啓二社長は同年11月の本誌インタビューで、「10年、20年食べ継がれる企業になるために子連れ客を大事にしているので、禁煙化を決断する必要があった」と述べていた。同社の20年11月期第1四半期(19年12月~20年2月)決算は、売上高が前年同期比34・3%増、営業利益が同91・5%増と好調で、既存店売上高も5・5%増だった。19年11月期は、平日にサラリーマンの客足が遠のき既存店売上高が3・1%減となったが、その後は家族客層が増えてマイナス影響をはね返した。
本誌が外食大手各社に聞き取りしたところ、ファミレスや丼物店といった食事主体の店舗では全面的な禁煙化に踏み切ることがほとんどである一方、居酒屋やカフェなど来店客による喫煙の要望が根強いとみられる業態だと喫煙専用室を設ける事例が多い(表)。
喫煙問題の訴訟を多く手掛けてきた片山律弁護士は、「多数派である非喫煙者を重視したほうが商売上、メリットがあるということを店側は認識すべきだろう」と指摘する。
喫煙目的施設へくら替え
禁煙化の流れの中でも抜け道はある。「喫煙目的施設」の認定を受けることだ。バーやスナックといった店で、(1)たばこの販売店から「出張販売」をする許可を得て対面販売する、(2)米飯、パン類、麺類など「主食」を出さない、(3)未成年は立ち入らせない──という要件を満たした場合に対象となる。
関東財務局によると、18年度に東京都内でたばこの出張販売先として許可された施設は約300件で19年度には3600件と急増。20年度も4月中旬時点で1500件もの申請が来ているという。同財務局の担当者は「不許可が多く出るものではない」と話す。
小規模のバーやスナックが集積する東京・新宿で4・5坪(約15平方メートル)の小さなバーを経営する男性(52)もたばこの出張販売先の許可を得た一人だ。「私はたばこを吸わないけど、従業員4人がみんな吸う。店を辞められると困るので、喫煙目的施設にした」と述べている。
中小飲食店には手厚い支援策が講じられている。例えば、東京都では、受動喫煙防止条例施行に合わせて、個人や中小企業が経営する店舗が「喫煙専用室」や「加熱式たばこ専用喫煙室」を設置する場合、1施設当たり400万円を上限に補助金を出す。客席面積が100平方メートル以下の中小飲食店が設置する場合は9割が補助されるという。
改正法でも、「客席面積が100平方メートル以下」の「既存店」で、「個人経営か資本金5000万円以下の中小企業が経営」の飲食店には経過措置として例外的に喫煙が可能になっている。
ただ、一連の「激変緩和措置」も喫煙離れを防ぐ決定打にはなっていない。喫煙者の場合、新型コロナウイルスに関連するリスクが非喫煙者に比べ高くなるとの専門機関からの報告や指摘が相次いでいる。欧州連合(EU)の専門機関、欧州疾病予防管理センター(ECDC)は3月25日、喫煙者は新型コロナウイルスに感染すると症状が重くなる恐れがあるとする研究結果を報告した。ヘビースモーカーだった人気コメディアンの志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎で死去したことも影を落とす。
一般社団法人日本禁煙学会の作田学理事長(医師)は、新型コロナウイルスに絡んだ喫煙のリスクについて、「非常な危機感を持っている」と指摘。法改正や条例による受動喫煙の規制強化に加え、コロナウイルス禍の影響によって、「喫煙率を30%程度押し下げると期待している」(作田氏)とした。
過去20年で日本国内での喫煙率は大きく低下している。1999年から18年までの変化をみると男性は54%から27・8%と半分近くに減り、女性は14・5%から8・7%に低下した(図)。作田氏の予想に従えば、喫煙率は男性だと20%を割り込み、女性は6%に落ち込むことになる。
求められる禁煙支援
一方で、在宅勤務が長期化する中で、自宅での喫煙が増えるリスクが今後、高まりそうだ。「ステイ・アット・ホーム(自宅にとどまろう)」という世界的な流れの中で、手持ち無沙汰の人がアルコールやたばこへの依存を高めることになる可能性も否定できない。韓国や英国でたばこの販売が増えているとの報道もある。
喫煙問題に詳しいサイエンスライターの石田雅彦氏は、「たばこやギャンブルなど依存症から抜けられなくて苦しむ人は多い。日本は禁煙を支援するシステムがすごく脆弱(ぜいじゃく)だ。その部分の政策を強化する必要がある」と強調している。
(本誌初出「たばこ 受動喫煙規制 コロナ禍が追い打ち 喫煙率3割減少の予想も=浜田健太郎」)
(浜田健太郎・編集部)