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経済・企業 指標で先読み米国経済

雇用統計 「所得の源泉を左右」 真の失業率はもっと悪い 非労働力人口600万人増=笠原滝平

失業保険の申請も急増(ニューヨーク労働センター)(Bloomberg)
失業保険の申請も急増(ニューヨーク労働センター)(Bloomberg)

 米国経済は個人消費が7割を占め、経済の状況を決める大黒柱と言える。その個人消費を支えるのが、所得の源泉となる雇用環境である。米連邦準備制度理事会(FRB)の使命としても、「物価の安定」と「雇用の最大化」が掲げられており、雇用の動向は金融政策の先行きにも影響を与えるため、「雇用統計」に対する市場関係者の注目度は高い。<特集:指標で先読み米国経済>

 雇用統計は米労働省労働統計局が作成し、通常は米国東部時間の毎月第1金曜日の午前8時30分に公表される。さまざまなデータが発表されるが、なかでも雇用者数の全体感を表す「非農業部門雇用者数」が注目される。

 同時発表の「失業率」も労働者の働く意思などの影響を受けるため、雇用環境を包括的に捉えることができる。失業率は、労働力人口(就業者と失業者の合計)に占める失業者の割合であり、数値が上昇すれば雇用環境の悪化を、数値が低下すれば環境改善を表す。

大恐慌に迫る危機

 5月8日に4月の失業率が公表されたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響(コロナショック)で14・7%という衝撃的な数字が飛び出した。

 過去の景気後退期に記録した失業率のピーク値と比較してみると、1973年の第1次石油危機が9%、79年の第2次石油危機が7・8%、2000年代初めのITバブル崩壊が6%、08年のリーマン・ショックが10%と、いずれも今回の値を下回る。

 なお、出所が異なるため単純に比較することはできないが、全米経済研究所によれば、大恐慌時代の1933年5月に記録した25・6%が最も高く、コロナショックは大恐慌や、その後の37年時の不況に次ぐ、歴史的な雇用危機と言えよう。

 特筆すべきは失業率の水準だけではない。コロナショック前である2020年2月の失業率は、1969年以来約半世紀ぶりの低水準となる3・5%であり、非常に良好な雇用環境であった。

(注)下の目盛りは、過去の景気後退期では景気のピーク、コロナショックでは2020年2月を起点とし、そこから失業率が最も高くなるまでにかかった月数を表す (出所)米労働省労働統計局「雇用統計」より筆者作成
(注)下の目盛りは、過去の景気後退期では景気のピーク、コロナショックでは2020年2月を起点とし、そこから失業率が最も高くなるまでにかかった月数を表す (出所)米労働省労働統計局「雇用統計」より筆者作成

 その後、連邦政府が非常事態を宣言した3月13日以降は、各州で自宅待機令などが出され、3月の失業率は4・4%、4月が14・7%となり、たった2カ月で11・2%も上昇した。

 過去の代表的な景気後退期に生じた失業率の上昇を確認すると、特に上昇幅が大きかったリーマン・ショックでも5%と今回に比べて小さいことに加え、ピークを迎えるまでに22カ月を要した。大恐慌の時でさえ、失業率の悪化は数年かかっており、コロナショックによる雇用環境の悪化は歴史上最も急速と言えるだろう。

 さらに、リーマン・ショック時と比較すると「業種別雇用者数」にも違いが見られる。

(注)基準月は、リーマン・ショックは2008年1月、kろなショックは20年2月とし、それぞれ09年10月、20年4月の雇用者数の水準と比較 (出所)米労働省労働統計局「雇用統計」より筆者作成
(注)基準月は、リーマン・ショックは2008年1月、kろなショックは20年2月とし、それぞれ09年10月、20年4月の雇用者数の水準と比較 (出所)米労働省労働統計局「雇用統計」より筆者作成

 コロナショック前の20年2月を基準に、リーマン・ショック後に最も失業率が高かった09年10月と、コロナショックの渦中の20年4月の業種別雇用者数の水準を比較してみたのが図2だ。自動車関連製造業はどちらも大幅に落ち込むなど共通点はあるものの、建設業、製造業については、リーマン・ショックに比べて落ち込みが小さい。コロナショックでは複数の州で事業活動の停止や在宅勤務が要請されるなか、半導体を含む電子機器製造業など、一部の業種は必要不可欠な事業として操業を許可されたことが影響したと見られる。

 一方、サービス業は今回の落ち込みのほうが深刻な結果となった。特に海外からの入国制限、米国市民への自宅待機令などで、宿泊や飲食、娯楽など外出を伴うサービスが著しく落ち込んでいる。

国の発表より3%悪化

 失業率の算出方法は、16歳以上の就業が可能で意思がある者(労働力人口)のうち、実際に職に就いている者を就業者、就業できずに職探しをしている者を失業者としてカウントし、「失業者の数÷労働力人口」で求められる。コロナショックでは、多くの就業者が職を失って失業者となったため、失業率が急上昇した。

 しかし、失業者は「職探しをしている」ことが条件であり、職を失っても職探しをしない人間は、労働力人口外の「非労働力人口」に分類され、失業率の計算から除外されてしまう。

(出所)編集部作成
(出所)編集部作成

 4月の雇用統計のデータを見ると、就業者数は3月から約2200万人減少したが、失業者数は約1600万人の増加にとどまった。つまり、非労働力人口が約600万人も増加しているのだ(表)。

 この非労働力人口を、すべて失業者に加えて計算すると、4月の失業率は約18%と、米労働省が公表した14・7%を、さらに3%強も上回る計算となる。実際には、人口増加や高齢化などのさまざまな要素も関係してくるが、その数も非労働力人口の増加分の多くを占めるわけではないため、やはり表向きの失業率の数字以上に事態は深刻だと言わざるを得ない。今後、雇用環境の動向を見る上では、失業率だけでなく、非労働力人口の変動にも着目すべきだろう。

 今回のコロナショックは、行動制約によって一部の経済活動に急ブレーキがかかった状態なので、行動制約が緩和されると、すぐに雇用環境が改善の方向に動く期待もある。ただし、行動制約は段階的に緩和される見通しのため、改善の動きは悪化時に比べて緩慢になるだろう。

 失業が長引けば、労働者の技能が陳腐化し、再就職が困難になる「履歴効果」などの要因によって、回復のペースがさら抑制される恐れもある。そうなれば、失業率が景気後退前の水準まで戻るのに約8年もかかったリーマン・ショックの再来もあり得る。命運を分けるのは、今後数カ月間の感染状況と行動制約の動きしだいと言えるだろう。

(笠原滝平・伊藤忠総研主任研究員)

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